FOUR 敬称と呼び捨てとどっちがいい?
「おはよう、
「おはよう。
アパートの隣合った布団で目が覚めて挨拶する時も縁美はこう言う。
ささいなことだけど、これは彼女のこだわり。
何度も何度も「蓮見でいいよ」って言ったんだけど、嫌、と縁美は言った。
「ほら、アニメとか漫画とかで結婚してからも姓を敬称で〜くん、って呼ぶ設定があるでしょ?ああいうのがいいんだよ」
そういうものなのかな。
けれど思い出してみると縁美は僕のこと『蓮見くん』なんてすら呼んでなかったんだけどな。
凄い怖かったし。
「ねえ、ちょっと」
「な、なに?縁美さん・・・」
「尻ポッケのタグが出てるよ」
「あ・・・ごめん」
「ごめんじゃなくて『ありがと』でしょ」
「う、うん、ありがとう。ごめん」
「ごめんはいいよ」
三年間同じクラスだったのに、中学の卒業間際に彼女と初めて交わした言葉がこれだったな。
僕の呼び名は『ねえ、ちょっと』だからね。
「えー、進路は全員決まったな。ひとりを除いて全員高校受験な」
担任の里がそう言ったとき教室がざわめいたのを覚えてるよ。そうしたらくだらない男子がこう言ったんだ。
「それって、縁美じゃねえの?」
微妙な空気が流れて、しばらく間を置いてからクラスで自分が攻撃対象にはならない地位の男女が何人か、ぷっ、と吹き出したな。
今でもどうしてだかわからないけど、僕は思わず椅子を後ろに弾き飛ばすような勢いで立ったんだ。
「それ、僕だよ。縁美さんじゃない」
ぽかん、とした空気の中、里がこう言ったさ。
「そういうことだ。蓮見は家庭の事情で中学を卒業したら就職することが決まっている。じゃあ、後のみんなは私立と公立の受験まで気を緩めないようにな」
「先生」
「なんだ・・・縁美」
「蓮見くんに謝ったらどうですか」
「・・・・・・ああ、そうだな。すまん、蓮見」
帰ろうとしてたら校門のところで縁美に追いつかれたんだ。彼女はその時にもう身長が170cmを随分と超えてて、僕よりも足のコンパスが長かったからゆったりと歩いてるにもかかわらず、さ。
「ねえ、蓮見」
「・・・・・なに?」
「ありがと。ごめんね」
「・・・・・・僕こそ、ごめん。ありがと」
中学を卒業して一緒に暮らし始めた日から彼女は僕のこと、蓮見くん、って呼び始めたんだ。
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