星降る丘に、星降るふたり

神崎 ひなた

第1話

 あるところに、「星降る丘」と呼ばれるところがありました。


 その丘では、夜空からぽろぽろと光が零れていました。それは橄欖かんらん石の淡緑を浮かべ、透き通った水晶の輝きを放ち、蒼玉石サファイヤのような深い夜空をたたえる、美しい光でした。


 丘のてっぺんには金剛石ダイアモンドの木がひとつ、夜風に吹かれていました。空から光が零れるたびに、金剛石の実がぽろぽろと七つの光を反射して、丘中を夢色に染めてあげています。


 その木に寄りかかるようにして、腰を下ろす少女がいました。黒く透き通った髪がさらさらと夜風に吹かれ、金剛石の輝きに照らされる様は、まるで夢のような光景でした。

 少女が物憂げに溜息を吐くと、月がさっと慰めるように姿を現しました。しかし、憂鬱はどこにも消えてはくれませんでした。


「こんばんは。星が綺麗ですね」


 ふらりと現れた男が、少女の隣に腰を下ろしました。武骨な甲冑に身を包み、金色の刀剣を携えた、それはそれは美しい男でした。彼の精悍せいかんな顔つきは、この丘に降り注ぐ光にも負けない輝きを放っていました。少なくとも、少女の眼にはそのように映っていたのです。


「こんなに夜空が綺麗だと、人間と魔族が争っていることなどまるで嘘のように思えます」


 と、男は言いました。少女はようやくにっこりと微笑んだかと思うと、柔らかな唇を揺らしました。


「この丘には、願いを叶える力があるそうですよ」


「願いが?」


「争いの無い世界――いつか、きっと叶うといいですね」


 男は、自分の気持ちを見透かされてような気がして、変な顔をしました。しかし次の瞬間には「そうですね。きっと、そうなればいいと思います」と小さく笑いました。少女も同じように笑いました。

 また金剛石がぽろぽろと七色の光を零して、夜空を照らしました。


「なんだか、あなたに会えてよかったと思います」


「奇遇ですね。私も実は、同じことを思っていました」


「そうですか。不思議なものですね」


「ええ。不思議です」


「……では、またいつか、争いの無い日々が訪れたら会いましょう」


「そうですね。また会えることを楽しみにしています」


 二人は一瞬だけ視線を交わして、見つめ合いました。それは本当に、一瞬のあいだでした。


 ――その一瞬の間に男は剣を振りぬき、少女は虚空から魔槍を召喚したのです。


「「なんて言うとでも思ったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」」


 黄金の剣と形無き魔槍が激突し、火花を散らす! 二人は互いの獲物を押し付け合いながら、互いの顔に肉薄する!


「ふふっ、優男みたいな顔をしている割にやるじゃないですか。様、一体いつから私の正体に気が付いていたのです?」


「抜かせ、! いくら見た目は美少女だろうと、溢れ出る魔力は隠せなかったな!」


「ふふ、あなたこそ。精悍な旅人を装うには、ただならぬ剣気を纏いすぎでしたね」


 二人は何度か互いの獲物をぶつけ合いました。その速度たるや神速の域、もはや常人の眼に追える速度ではありません。


「やるな、魔王」


「勇者様こそ、腕が立ちますね」


「それだけの力があれば、待ち伏せや奇襲といった策を弄することも無かろうに!」


「? 一体なんの話です!」


「とぼけるな!」


 勇者の振るった一撃が、魔王の槍を捉えました。魔槍は真っ二つに折れて虚空に溶け去りましたが、魔王は冷静に距離を取って、すぐさま新たな魔槍を召喚します。

 その間に、勇者は言いました。


「冷静に考えれば、こんな辺境にこれほど美しい少女などいるはずない! つまりお前は油断を誘うために、敢えて俺の理想とする少女に変身しているのだ!」


「何を言うかと思えば! それは勇者様の方でしょう? 一体どのようにして私の理想とする男性像を調べたか知りませんけど、これほどまでに理想的な顔つきの人間が、都合良く勇者様であるはずがない! つまり貴方こそ、私の油断を誘うために変身しているに違いありません!」


「……………………………………………えっと、俺、これが地顔なんだけど」


「……………………………………………ええと、私も、これが地顔でして」


「………………………」


「………………………」


「「だあらっしゃあああああああああああああああああああ!!!」」


 黄金の剣と形無き魔槍が、激突して火花を散らす!! 二人は互いの獲物を押し付け合いながら、再び美しい顔に肉薄する!


「いや別に!? 違うから! そういうのじゃないから! 俺の好みはもっとこう、落ち着いた感じの女性っていうか、そういうのだから!」


「わ、私だって別になんでもありません! 貴方のこと、ちょっといいなーとかそういうの全然思ってませんから! なに勘違いしてるんですか!? やめてください!」


「そ、そうだよな! 俺たち敵同士だからな!」


「え、ええ! 勇者と魔王は相容れぬものと相場が決まっていますから!」


「「最後は必ずこの「私」「俺」が勝ァァァァァァつッ!!」」


 二人は何度か互いの獲物をぶつけ合いました。その速度たるや神速の域、もはや常人の眼に追える速度ではありません。激闘のせいか、二人は耳まで顔を真っ赤していました。


「や、やるな魔王。しかし動きに精彩を欠いているように見えるぞ?」


「ゆ、勇者様こそ、さっきから私の急所を避けて攻撃してませんか?」


「そんな綺麗な顔に傷でもついたら大変だろうが! ……あ」


「え、あ、その……あ、ありがとうございます。優しい、んですね……」


「い、いや、そんなことは……」


「………………………」


「………………………」


「「なんて言うとでも思ったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」」


 黄金の剣と形無き魔槍が激突して火花を散らす!!! 二人は互いの獲物を押し付け合いながら、再び美しい顔に肉薄する!


「いやー高揚しちゃうね! やっぱ強いヤツと戦ってるとテンションが上がっちゃってなんかよく分かんないこと口走っちゃうなぁ!!」


「お可愛いこと! やせ我慢は見苦しいですよ!? 認めてしまったらどうですか!? 貴方、私のことが好きになっちゃったんでしょう!?」


「は、はぁ!?!? ちちちち違うから!! 別に全然そんなんじゃないから!! てかそっちこそ俺のこと好きなんじゃね!? さっきから全然ダメージ喰らってないもん!!」


「そ、それは貴方の強さが常軌を逸しているということではありませんか!? にも関わらず未だに私を倒せないってことは手加減してるんです! ほらー、やっぱり私のこと好きじゃないですか!」


「ぬかせ魔王! 誰がお前なんぞ! いいからさっさとくたばれ!」


「往生際の悪い勇者さまですわね! 貴方の方こそ死になさい!」


「「最後は必ずこの「私」「俺」が勝ァァァァァァつッ!!」」


 二人は何度か互いの獲物をぶつけ合いました。その速度たるや神速の域、もはや常人の眼に追える速度ではありません。それにしても、お互いに武器を押し付け合う頻度が増えているのは気のせいでしょうか。


「ハァーッ、ハァーッ、それにしても往生際が悪いですね! 何度も何度も武器を押し付けてきて……! 私の消耗を誘おうという魂胆ですか!?」


「そちらこそ……! さっきからやけに顔が近いんじゃないか!?」


「だってもっと近くでお顔を見たいんですもの! ……あ」


「そ、そうか。えっと……その……」


「………………………」


「………………………」


「「だあらっしゃあああああああああああああああああああ!!!」」


 黄金の剣と形無き魔槍が、激突して火花を散らす!! 二人は互いの獲物を押し付け合いながら、何度でも美しい顔に肉薄する!


「なんだよ! 散々人のことを煽っておきながら、結局魔王も俺のこと好きなんじゃん!」


「かっかか勘違いも甚だしいですわ! ナルシストにも程がありますわ!」


「おいおい口調が狂ってるぞ!? なーにが「お可愛いこと(ニコッ)」だ! その言葉そっくりそのまま返してやるわ!」


「か、っかわ、かわわわ!? 動揺を誘おうったってそうはいきませんから!」


「はっ、口だけは達者だな魔王よ! だがその余裕もいつまで持つかな!?」


「勇者さまこそ、やせ我慢もいい加減見苦しいですわよ!?」


「ぬかせ魔王!」


「往生際の悪い勇者さま!」


「「最後は必ずこの「私」「俺」が勝ァァァァァァつッ!!」」


 二人は何度か互いの獲物をぶつけ合いました。その速度たるや神速の域、もはや常人の眼に追える速度ではありません。

 しかし、とうとう二人とも体力が限界に近づいてきました。勇者がその場に膝を突くのと、魔王の槍が虚空に溶けたのは、まったく同時でした。


「ど、どうした、ま、魔王よ……ハァ……もう限界か?」


「ゆ、勇者様こそ……ゼェ……降参するなら今の内ですよ……」


 二人はそれから数回に渡って罵詈雑言を浴びせ合いましたが、呼吸が乱れているのでお互い何を言っているか分かりませんでした。


「いいだろう……ならばお互い、ゼェ、必殺技で決着をつけるというのはどうだ? ゼヒュー」


「面白いですね。ハァ、受けて立ちましょう、コヒュー」


 二人はふらふらの状態で立ち上がりつつ、両手に武器を構えました。勇者の持つ黄金の剣は輝きを取り戻し、また魔王の槍は夜のとばりの如き暗黒を纏いました。


「魔王よ。この勝負――勝った方がなんでも一つ言うことを聞く、というのはどうだ?」


「いいんですか? そんな約束をして――後悔しても知りませんよ」


 二人の表情が一気に引き締まりました。勇者の剣はバチバチと雷を迸らせ、また魔王の槍もバチバチと暗黒を弾けさせます。


「ねぇ、勇者様。最後に一つだけ聞いておきたいのですが」


「なんだ、魔王よ」


「あなたは、たった一人でここまで来たのですか? 他の仲間はどうしたのです?」


「簡単な話だ。俺には最初から仲間なんていないよ」


「ふっ……それだけ、自分の強さを信頼しているというわけですか」


「いや、違う。魔王を倒すなんて危険な旅に、誰かを巻き込むことなんかできないだろう?」


「や、優し……キュン」


「なにか言ったか?」


「い、いえ何も」


 魔王は興味本位で聞かなければよかったなぁと思いました。思い返してみれば、勇者との戦いは長く続いていましたが、一度も魔族が彼に殺されたという報告はありませんでした。

 本当に、心の底から平和を願っているんだなぁと、魔王は心が少し暖かくなるのを感じました。


「魔王よ。俺も一つ、聞いていいか」


「え、ええ。いいでしょう」


「ここは魔王城のすぐ近くだ。なのにどうして、この辺りには魔族がいない?」


「簡単な話です。みんな、魔界に帰ったんですよ」


「ふ、情けない話だな。とうとう味方にまで見捨てられたか」

 

「いえ。私が無理を言ってみんなを帰したのです。勇者様の実力に並ぶ者は、もう私しかいません。ならば、私が相手をするしかない。……みんなに無駄に血を流させる意味もありませんし」


「い、いい人……キュン」


「なにか言いました?」


「な、何も」


 勇者は興味本位で聞かなければよかったなぁと思いました。

 もしこうして出会っていなければ、また違った未来があったのかもしれない。

 そう思うと、勇者の心に寂しい風が吹きました。


「……そろそろ、終わらせるか」


「……そうですね。立っているだけでもしんどいですし」


 やはり、二人は戦わなければいけないのでした。かたや人間、かたや魔族の沽券を背負った存在。

 どんな形であれ、決着は付けられなければいけない。

 彼らが出会ってしまった以上、こうなるのも避けられない宿命なのでした。


 二人は向かい合って、真っすぐにお互いの眼を見つめました。長いようで短い時間が過ぎ去ったその時。

 からん、と丘の木から金剛石の実が落ちました。


 二人が動き出しのは、同時でした。

 黄金の剣に雷が降り注ぎ、暗黒の槍に夥しい闇が舞い降ります。


「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「勇者様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「「最後は必ずこの「私」「俺」が勝ァァァァァァつッ!!」」


 星降る丘が、白光に包まれました。辺り一面が真っ白な世界となって、すべての音を置き去りにしました。


 世界が風景と色を取り戻した時。

 星降る丘には――勇者と魔王、その両方が立っていました。しかし双方とも立っているのがやっとで、体中ボロボロでした。


「なぜ……なぜ、最後の最後で攻撃を止めたんですか……?」


「はは……どうして、だろうな……」


 勇者は今度こそ地面にばったりと倒れました。魔王は足を引きずりながら、勇者の顔を覗き込みます。


「魔王こそ……どうして途中で攻撃を止めたんだ……あと一歩で俺を倒せたはずなのに……」


「どうして……でしょうね。ふふ……なんだか、不思議ですね」


「ふふ……不思議だな」


 そうして、魔王も勇者の隣に倒れこんでしまいました。満点の夜空には、いくつもの白金石が輝き、光となっていくつも翔けていきました。


「約束、どうしましょうね」


 と、魔王がぽつりと言いました。


「さぁな。相打ちだった時のことは、決めてなかったな」


「じゃあ、こうしましょう。私たちは、お互いの言うことを何でも聞き合うんです」


「なんだそりゃ……」


 勇者は呆れて笑ってしまいましたが、それはいい提案だなと思いました。どうせもう、何もかも終わってしまうのですから。


「じゃあ、勇者様から言ってください」


「それは……恥ずかしいから嫌だ」


「私だって恥ずかしいから嫌です」


「しょうがない奴だな。じゃあ、せーので同時に言うか」


「あ、それはいいですね。……それじゃあ、せーの」


「「                 」」


 二人が口にした言葉は、まるっきり同じものでした。二人は目を丸くして、お互いにくすくすと笑いあった後、しばらくして動かなくなってしまいました。

 辺りはすっかりに静寂に支配されて、また思い出したようにぽろぽろと光の零れる音が、そこら中で小さく鳴りました。


 ――ところで、ここがどんな場所だったか、覚えている人はいるでしょうか。


『この星降る丘には、願いを叶える力があるそうですよ』


 それはただの言い伝えかもしれませんし、ただの偶然かもしれません。

 だけどこの丘は、二人が出会ってからの出来事をずっと見守っていたのです。

 

 だからきっと、二人の願いを叶えたくなってしまったのでしょう。


 二人は同じタイミングで目を覚まし、そして自分が生きていることに気が付きました。そして、隣に横たわる美しい顔に気が付きました。


 気が付けば、二人とも瞳からぽろぽろ光を零していました。それは橄欖かんらん石の淡緑を浮かべ、透き通った水晶の輝きを放ち、蒼玉石サファイヤのような深い夜空をたたえている、美しい光でした。


 目まぐるしく変わっていく二人の表情には、戸惑い、驚き、動揺――そしてほんの少しだけ、喜びの色がありました。


 そして最後に、二人はお互いに顔を真っ赤にしながら見つめ合って――示し合わせたようにこう言いました。











「「なんて言うとでも思ったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」」

 

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星降る丘に、星降るふたり 神崎 ひなた @kannzakihinata

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