ティーンエイジ・オーバーライド

にのまえ あきら

〈FTP : t・G〉準決勝にて


 主人公ヒーローになりたいと思ったことはあるだろうか?


 物語を読んだことのあるやつなら、誰しも一度は思ったことがあるだろう。


 もちろんオレにもある。


 そして、その気持ちをいつ失くしたのかも覚えている。


◇ ◇ ◇


 まだ選手オレたち転移門ゲートで待機している段階だというのに、歓声と喝采の音はこちらまで届いていた。


 電脳V空間Rだから本来は無いはずのものだけど、世界大会だからなのか動員数に応じてその音量が増していくという無駄に凝った仕様が成されている。


 慣れない演出による緊張を紛らわせるべく、外の様子でも見てみようと中継映像のウィンドウを空中表示ポップアップさせた瞬間、雑多な音声がオレの耳を劈いた。


「うるっ……さ!」


 慌てて音を調整して今度こそ映像を見ると、試合解説者らしき人が期待と興奮の混じった熱い口調でこちらに向かって語りかける。


『聞こえますでしょうか、この大歓声! 【世界一の想像力を持つ者イマジネーション・ワン】を決める〈FTP〉世界大会〈フェアリーFテイルTパラダイムPtギャザリングG〉が、この超巨大空間〈テラ〉にて行われようとしています!』


 カメラが視点移動して空間内のスタジアム全体を映し出すと、そこを埋め尽くす人の波が一際大きな歓声を上げた。

 大音量に首をすくめつつ、同時展開してある〈テラ〉の簡易会場案内のウィンドウに視線を向けてみれば観客数は【99999999~エイトナイン・オーバー】とある。つまり満員御礼カンストだ。


「これでサーバー落ちないのかよ……」


 〈テラ〉は〈FTP : t・G〉のために作られた世界最大のサーバーだ。流石は『e-Sports版オリンピック』と称される大会と言うべきだろうか。


 全世界の同時視聴数が九億を突破している、つまり九億人以上がオレの姿を一目見ようとしている事実に、無いはずの鳥肌が立つ。


 ……少し前のオレなら泡吹いてぶっ倒れてるな。


 なんて思いながらその、少し前の自分を思い出す。


◇ ◇ ◇


 オレは物語の主人公になりたいと、そしてなれると本気で思っていた。


 それは〈FTP〉を始めてから思いはじめたのかもしれない。


 けれど同時に〈FTP〉を始めたからこそ、思いは消えた。


〈FTP〉。


 正式名称を〈フェアリーテイルパラダイム〉。


 意訳すると【物語革新】。


 コンセプトは『自分だけの物語ストーリーで歩む』。


 電脳化の進んだ2060年現在、世界で最も関心の高い競技であり――最も競技者の少ない競技だ。


〈FTP〉は2045年に人類が技術的特異点シンギュラリティを迎えてから五年後、AIによって遂に理論化された電脳世界で最初にして最後の、人によって考案された遊戯だ。


【物語革新】というタイトルの通り、童話や神話のような物語を武器として用いる。


 基本はお互いの物語の設定や登場人物、世界観や展開を用いて互い違いに物語を紡いでいく掛け合いのバトルだ。


 そうしてどちらかが物語を続けられない状態になったり、物語を破綻させた方の負けとなる。


 これだけではただのリレーライティングだが、特筆すべきは描写したものがされることにある。


 それは電脳空間だからこそ可能な、これまでのゲームを置き去りにするブッとんだゲームシステムだった。


 物語に沿っていれば、ないし破綻させなければ拡大解釈も可能。当人の記述次第によって、どんな物語にもなり得るのだ。


 ・次の瞬間の描写が直前のそれと乖離してはいけない。


 ・全体を通しても、物語が破綻してはいけない。


 たったこれだけのルールで、誰もが主人公になれる〈FTP〉は世界最高のゲームとなった。


 ――相手の次に繰り出す描写を常に予想してこちらが破綻させられないようにしつつ、相手を破綻させる破滅の一手を考える。


 ――けれど、目の前のことに集中しすぎて全体のバランスを崩したらその時点で負ける。


 己が用いる原典にどれだけの理解があるか。


 相手の描写を理解し、即座に次の描写を始められる判断力。


 後々を決める伏線をそれとなく張れるかどうかのプランニング能力。


 ミクロとマクロの視点を備えていないと勝てない、非常に高度でシビアな技能を必要とする『最も難しく奥が深いゲーム』として世界最高の評価を受けた〈FTP〉だが、すぐにプレイヤー人口が激減した。


 いかんせん常人がプレイするには難しすぎたのだ。


 そりゃそうだ、と言わざるを得ない。


 けれどそれで廃れることはなく、むしろどんどんと注目度は上がっていった。


 ◇ ◇ ◇


「緊張してるかい?」


 てんやわんやしているオレを見て滑稽と思ったのか、隣にいる男が声をかけてきた。表情と声音には明らか笑いが含まれている。けど、それら一切がイヤミに感じられないから嫌になる。


「そりゃ初出場で準決勝こんなトコまで来ちまったあげく、その相手が五連覇してる王者サマなんだ。緊張しないほうがおかしいだろ」

 

「確かに、僕も初めての時は心臓が高鳴った。あまりの昂りにバイタルサインでも出て失格するんじゃないかと考えたくらいだよ」


 そう言って爽やかに笑うのは、オレがこれから戦う準決勝の相手。

 

 人外魔境の集う〈FTP : t・G〉で十三歳の時から五連覇している、怪物の中の怪物だ。


「今だって緊張している。〈FTP〉をやっていて一番辛い瞬間はまさにこの時だと断言できる」


「それに関しては同意見だな」


「でも〈FTP〉をやっていて良かったと、心の底から思うよ」

 

 おまけに背が高くイケメンで性格も良い。〈FTP〉競技者プレイヤーとしては最高齢の十八歳だけど、普通の観点からすれば若者だから下手なアイドルやアーティストなんかよりよっぽど人気がある。


「なんせ、君とこうして大舞台で戦えるんだからね!」


「…………そうだな」


 ただ、最近過剰な好意を向けられているせいで若干ゲイの気があるんじゃないかと思えてならないのは、オレだけが思っていることだろう。


 そいつは悦に入った表情で恍惚と語る。


「僕は君となら、これまでのどんな物語より! 素晴らしいモノを紡げると思うんだ!」


「まあ、できたら本望だよな」


 オレは本心で頷いた。


 本当にできるかはともかくとして、オレたち〈FTP〉競技者は勝ち負け以前に万人を楽しませられる物語を紡ぐことを至上の喜びとする。


 これに限っては、たとえどんなやつだろうと同じことを答えるだろう。


 なぜなら、オレたちは初めて〈FTP〉を見たってヤツを自分以外のだれかにも届けたくて堪らない生き物だからだ。


 ◇ ◇ ◇


 〈FTP〉プレイヤーの総数は減っていったのにも関わらず、界隈が盛り上がって行ったのはなぜか。


 理由は単純。上位陣の戦いが競技として成り立つほどに極まっていたからだ。


 オレも初めて見たとき思った。


 、と。


 それは十二歳の誕生日。


 隣の家の幼なじみがお祝いに来てくれた。


 繊細な金髪と、綺麗な青目の彼女にオレは淡い恋心を抱いていた。


 その日、オレは彼女に告白しようとタイミングを伺っていたのだが、彼女が適当にテレビをつけたことによって、全てが変わった。


 その時やっていた番組が〈FTP : t・G〉の中継映像だったのだ。


 なんだか面白そうだから、とふたりでソファに並んで画面を見つめた。


 幼なじみの長い金髪が邪魔でテレビが見えず『もっと端にいってくれ』『アンタがそっちに行けばいいじゃない』と言い合いをしている途中で試合開始の合図が鳴って、ふたりとも絡み合ったまま画面を見た。


 そうして競技者が合間見え、試合の始まった瞬間。


 息もつかせぬ攻防で瞬く間に構築されていく物語にオレたちは


 テンポよく、思わずため息の出る見事なプロローグ。


 もっともっと知りたいと切望する、深く壮大な世界観。


 万人を惹きつけるような魅力溢れるキャラクター。


 誰もがアッと言うような奇想天外な設定。


 先が気になって仕方のない中盤。


 初めから見返したくなるような上手い構成。


 先が読めても胸熱く、心打たれるような感動する展開。


 互いの仕込んだ伏線を回収しはじめ、怒涛の勢いでどんでん返しが行われる終盤。


 そしてスッと心の軽くなるような爽やかなオチが訪れる。


 だが、試合はどちらかが止まるまで終わらない。


 ふたりはまた一から別の物語を紡ぎ始める。


 そうして胸熱くなる大冒険や、心震わせる恋愛話に、荘厳なる神話の再現までありとあらゆる物語が展開され、ついに決着がついた。


 中継が終わると同時に、オレは興奮冷めやらぬまま〈FTP〉を一緒にやろうと幼なじみに提案した。


 そして一目散に親の元まで全力ダッシュして「〈FTP〉をやらせてくれ」と懇願した。


 頼みに頼みまくって、ギリギリだったオレはめでたく〈FTP〉とVRセットを買ってもらった。


 だが、オレよりふたつ歳上で適正年齢を過ぎていた幼なじみはなかなか〈FTP〉を買ってもらえず、最後はオレが土下座を決め込み半ば無理やり買ってもらった。


 というのも、競技としての〈FTP〉には10~18才までのジュニアと18~才のアンリミテッドとふたつの階級が存在するのだが、ジュニアの競技者として見込めるのは十二歳以前から〈FTP〉を始めた者だけなのだ。


 なぜ十二才以前なのか。


 端的に言えば『現実との感覚の差異によるラグが減る』。


 前提として〈FTP〉に、というより電脳空間そのものに触れる年齢が幼ければ幼いほど、空間内での振る舞いは自然なものになる。


 電脳空間に慣れるには神経系が大きく関わってくるのだが、神経系は生まれてから五歳までで成人するまでの80%が形成されて、十二歳にはほぼ完成してしまうのだ。

 

 五才以前から音楽に触れているのとそうでないのとで腕前に大きな差が出るのと似ている、と個人的には思っている。


 そして自分で言うのもなんだけれど、オレは小さい頃から勘と要領だけは良かった。地頭が良いってやつだ。


 それに生まれつき身体が弱く、引きこもりがちだったオレは暇をつぶす手段として読書をしまくっていたから物語のストックには多少の自信があった。


 だからオレは当然のごとく同年代のやつなんか余裕で追い抜いて、歳上すら平気で喰っていける自信があった。


 自分を最強の主人公ヒーローとした、最高の物語を紡いでいくべき人間なのだと信じてやまなかった。

 

 だが――それは大きな間違いだった。


 ◇ ◇ ◇


 突如目の前の空間に浮かび上がった『Ready?』という文字に触れると、転移の合図を告げるカウントダウンが始まった。


 減っていくカウントをぼんやりと眺めていると、そいつが先ほどの話の続きをしてきた。

 

「……だから正直、彼女なんかより僕が君と決勝で当たりたかったよ」


 そう言ってそいつはこちらにも見えるように公開表示しているウィンドウを見やって、これ見よがしにため息をついた。


 そのウィンドウは、すでに決勝へと駒を進めた選手の勝利時インタビューが流れている。彼女もそいつと同じ十八歳で、今回が最後の大会だ。


 オレはインタビュー映像には触れず、言葉を返す。


「もう決勝に行った気になってるなんて、ずいぶん余裕だな」


 するとそいつは驚いたような顔をした後、含み笑いをした。


「……謙虚だね、君は」


「どういうこった」

 

 ちょうどその時、転移が開始して青白い光が視界を覆う。


 数秒後、段々と薄らいでいく光に目を開いた次の瞬間、空気が揺れた。


『さーーァ、史上最高と謳われている今大会の決勝進出者を決めるべく両選手が姿を表しましたァ!』


 解説者の声が高らかに響き渡り、満席の会場からは声援と拍手が万雷のごとく降りそそぐ。


 今、九億以上の人間がオレを見ているということだ。

 

『すでに決勝へと駒を進めている〈原典:不思議の国のアリス〉使い、【遅咲きの大輪ミラクル・ブルーム】レイ・アスタリアと合間見えるのはいったいどちらだァーーーッッ!?』


 解説者が決勝に進んだ選手の名を叫ぶと同時、オレたちのはるか頭上、空中にどでかいホロウウィンドウが表示ポップされる。


 そこに映るのは天使の輪が見える美しい金髪と湖底のように深く美しい蒼の瞳。そして整った相貌で淡々とインタビューに答えているその人は、オレので、オレと


 そう――そこにいるのは、十四歳で〈FTP〉を始めた幼なじみだった。


 ◇ ◇ ◇


 オレが主人公を降りようと決めたのは、彼女がオレ以上に、なんて比較することすらおこがましい才能を発揮したからである。


 人を感動させようとすればオレより何百倍も深い感動を与え、


 熱くさせようとすればオレより何百℃も熱い展開を作り、


 人を悲しませようとすればオレより何百日も引きずるような悲しみをもたらした。


 彼女は物語を紡ぐために生まれてきた人間だった。


 オレはあまりの才能の差に愕然とした。


 何が十二歳が適正年齢の限界だ!!! 十四歳でも全く問題ないじゃねえか!!!!と内心でキレ散らかしたのを覚えている。




 そして、理解した。



 この世界は一握りの天才のためにある。


 天才のみが主人公ヒーローで、それ以外はただの引き立て役。


 自分を主人公てんさいだと思い込んでいたオレのすぐ隣には、本物がいた。


 オレは、物語の主人公には、なれない。


 その事実に気づいたあげく、決意した。



 ――――どうせ主人公ヒーローになれないなら、本当の主人公ヒーローの最高の引き立て役になってやる!!!!


 そして考えた。


 どうやったら最高の引き立て役になれるか。


 答えはすぐに見つかった。



〈フェアリーテイルパラダイム:ザ・ギャザリング〉の決勝で、


 

 レイを相手に、




 これ以上ないってくらい、





 華々しく、




 負けてやる!!!!!



 そうと決まればしょぼくれてる暇なんてなかった。


 悲しみに明け暮れるくらいならと、少しでも多くの物語を見た。


 オレなんかって自分を詰るくらいならと、少しでも多くの物語を紡いだ。

 

 全ては彼女のために。


 彼女が最も輝く瞬間を、オレがもたらすために。


 そして、


 彼女の隣で笑うために。



 ◇ ◇ ◇


『まず紹介するはァ、今大会の大本命ィィ!! 前人未到の六連覇なるか!? 〈原典:北欧神話ノルディック・ミソロジー〉!! 【主神の化身インカーネション・オブ・オーディン】エドヴァルド・オーセンッッッ!!!』


 名を呼ばれたそいつが観客に向かって恭しくお辞儀をする。


 徹頭徹尾、エンターテイナーだ。


『続いてェェ……今大会のダークホースゥ!! 器用貧乏なのか、はたまたオールジャンルの天才か!? 〈原典:複数使用ノーバディノーズ〉【不明の新星アンノウン・ルーキー】キリカ・レグナスゥゥッッ!!!』


 次いでオレもお辞儀をする。


 ――オレは天才なんかじゃない。


 ――きっと、悲劇のヒーローですらないだろう。


 ――物語には名前すら出てこない、無辜の民モブってやつだ。


 ……ああ、それでも構わない。


 ただ、主人公を主人公たらしめることができるならッ!!


 『両者、構えて……』

 

 だから、エドヴァルド。


 オレはアイツに華々しく負けなくちゃならねえ。


 『レディ......』 


 そのために――お前は越えさせてもらうぞ。


 『スタートッッ!!!!』


 合図と同時に、やつの構えたホログラムの本から光が迸る。


「其は新エッダ、大いなる冬フィンブルヴェト来たりて――」


 エドヴァルドがプロ入りするまでの一年とプロ入りしてからの五年を合わせて六年間、やつの試合を全て見てきたオレにはこの時点でやつが何をしようとしているかもうわかる。


 アレは北欧神話で『神々の黄昏ラグナロク』と呼ばれる、最後にして最大の戦争を綴った一幕の始まりだ。


【主神の化身】という肩書きを持っているにも関わらず、オーディンが死ぬはずの幕を持ってきた。


 やつの本気度とこの大会に込めた覚悟が伺える、全力の幕開けだ。

 

「いいぜ、そうこなくっちゃなぁ! けど――」


 オレも構えて告げる。


「――悪りぃな。お前じゃあ足りねえよ」

 

 ホログラムの本から光が溢れ出す。


 そして、綴る。


夕火あぶりとき粘滑ねばらかなるトーヴ――」



 ◇ ◇ ◇


 彼はひとつ、大きな勘違いをしていた。


『アァーッッとォ! 早くも決着ぅぅっ!! 勝者、キリカ・レグナスーーッッ!!!!』


 画面上では勝利し、ただ右腕をまっすぐに突き上げるキリカの姿がある。


 決勝進出者の控え室では選手であるレイと、そのマネージャーが準決勝の様子を見守っていた。


 先ほどから画面を見ず、うつむきっぱなしのレイにマネージャーが声をかける。


「あーららー、王子様ついにここまで来ちゃったわねえ」


「…………」


 レイは返事もせずうつむいたまま、マネージャーの言うことを聞き続ける。


「彼、自分は天才じゃないからって、あなたを引き立てるためここまで来たんでしょ?」


 肩をすくめて、なおも続ける。


「けどここに来るまで本命のを一度も見せずに付け焼き刃の物語で上がってきた時点で化け物よね。自分じゃあ気づいてないみたいだケド」


 言いながら見つめる先、会場ではキリカコールが巻き起こっていた。


 キリカは会場で立ち尽くしながらただ一点を見つめ続けるのみ。


『キリカ・レグナス、いったいどこにこんな力を隠していたのか!! 〈原典:〉の〈ジャバウォックの詩〉を完璧に使いこなしてみせました! まるで現代に蘇ったルイス・キャロルです!!』


 解説も興奮きわまった様子でツバを飛ばしながら今の状況の異常さを語っている。


「再現不可能と謳われたかばん語を完全にものにするなんて……あなたですら〈不思議の国のアリス〉が限界だったっていうのに」


「……違うよ」


 そこで初めてレイが声を出した。


「わたしが〈不思議の国のアリス〉だから……だからキリ君は〈鏡の国のアリス〉を、〈ジャバウォックの詩〉を選んだの」


 そう言って、レイは顔を上げる。


 その頬は真っ赤に上気しており、潤んだ瞳で画面の先にいるキリカを見つめる。


 その時、キリカは突き上げた拳をドローンに向かって突き出して――吠えた。


『アリス! 早くここまで来い! そしてこの剣でオレを、ジャバウォックを……越えてみせろっっ!』


 そして、右手に青白い光が現れたと同時、それを握りしめて地面に突き刺す。


 そうして現れたのは一本の剣だった。


『アァァーーっっとォ!!? キリカ・レグナス、なんと無敵の怪物ジャバウォックを斃したとされるヴォーパルソードを自ら取り出しました! なんという漢気! 熱い! 熱すぎるぞキリカ・レグナス! これが次世代のヒーローだというのかァァァーーーッッッ!!』

 

『違ェェェェェッッッ!! 次世代のヒーローはオレじゃねえ! レイ・アスタリアだ!!!!』


 ドンッ!!と宣言したキリカに会場は大混乱、そのどよめきまでもが映像で伝わってくる。


 それを見たマネージャーはジトーッとした目つきでレイを見る。


「あれ、どーすんの。完全にあなたと目的同じだけど……って」


 マネージャーが困惑したのも無理はない。


 レイは真っ赤な頬を両手で押さえて、身悶えるように椅子の上で足をジタバタとさせていた。


「はぁぁっ……キリ君かっこいいぃっ……!」


「ダメだこりゃ」


 マネージャーは頭を掻きながらため息をつく。


「レイはにここまで来たっていうのに、向こうにその気がないんだもんなあ」


 このままではお互いがお互いを勝たせようとする、八百長もびっくりな試合が始まってしまう。


 どうしたものかと再びため息をついたその時、レイが「そんなことない」と首を振って立ち上がる。


 そして、恋する乙女は言う。


「キリ君はもう立派な主人公ヒーローだよ。わたしの……大事なヒーロー」


 そう。彼はひとつ、大きな勘違いをしていた。


 主人公とは、世界に数限りある役割などではない。


 一握りの天才のためにあるものでもない。


 それは己が使命を果たさんとひたむきに突き進む姿のこと。


 誰かの目に映るその姿が主人公ヒーロー足りうるのだ。


「待っててキリ君……わたしがキリ君をヒーローにしてみせるから!」


 少女は決意を胸に抱き、会場へ向かって歩き出す。


 その瞳に映る彼の姿は、確かに主人公ヒーローだった。




 fin.

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