第4話
もう一つだけ気になることがあった。
「わたしが魔女になるとして、お師匠様はどうなるんですか?」
「……私の師匠、先代の魔女は言っていた。この世界に魔女は同時に二人存在できない、と。より強く、より若い魔女に先代の魔女の力は吸われていき、最後には人として死ぬのだと」
そこまでお師匠様が言ったとき、わたしはお師匠様がわざわざ街まで出かけて行ったことの本当の意味を悟った。
「まさか、お師匠様……!?」
「……全く私らしくもないけどね。自分の死期が近付いて、人間らしさが戻ってきたらしい。死ぬ前に街の空気を吸っておきたいとか、人の食事を味わってみたいなんて考えるとはさ」
「そんな……!!」
気が付いたら、わたしはぽろぽろと大粒の涙を流していた。
「何だいその顔は。しゃきっとおし! これからはあんたが魔女なんだ。そんなことじゃ人間にいいように利用されて終わりだよ!」
「でも、でも……! わたし……!」
お師匠様の叱咤を受けても、わたしは溢れる涙を止めることが出来なかった。
「まったく、世話の焼ける子だね……」
お師匠様はそう言って気だるげに椅子から立ち上がると、ベッドの上で泣きじゃくるわたしを優しく抱きしめてくれた。
「お師匠様……」
「安心おし。まだもう少し、私は生きられる。先代の魔女として、あんたに教えないといけないことは山ほどあるんだ。あんたが立派に独り立ちする姿を見ないことには、おちおち地獄旅行にも行けやしない」
「……」
「さぁ、優しくするのは今日で終わり。明日からは先代魔女としてビシビシ行かせてもらうからね。あんたも覚悟しとくんだ」
言葉とは裏腹に、お師匠様の言葉には優しさに満ちていた。だから、わたしは静かに止まった涙を拭うと、お師匠様の顔を見つめて「はい!」と大きな声で答えたのだった。
お師匠様が亡くなったのは、その日からちょうど二年後のことだった。どうしても街に出る必要があったわたしを笑顔で送り出してくれたのであるが、その頃にはめっきり覇気も衰え、森で散策する気力すら無くしていたお師匠様を一人にするのはとても不安だったのであるけれど、今思うとわたしに死に際の無様な姿を見せたくないというお師匠様なりの配慮だったのかも知れない。わたしが帰ったとき、お師匠様は自室のベッドの上で眠るように息を引き取っていた。
わたしは一晩静かにお師匠様との最後の夜を過ごすと、翌日お師匠様が好きだった森の中の広場に魔力で遺体を埋葬して墓を建てた。
こうして、わたしは一人魔女として森で暮らし始めたのだった。
いつものように穏やかな朝が訪れる……。
屋根裏の自室で目を覚ましたわたしは、服を着替えるとベッドのそばの戸棚から瓶を取り出す。あの秘薬が入った瓶だった。
わたしはコップに瓶の中身を注ぐと、静かにそれを飲み干した。
それがどういうことなのか、今更省みるまでもなかった。
それでも
いつの日か来るであろう、次代の魔女が現れるその瞬間を夢見ながら。
それでも魔女は毒を飲む 緋那真意 @firry
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