別れの後で
泣いて、泣いて、泣き叫んで。
悲しさという感情を全て吐き出したクレアさんは、僕から手を離すと目元をゴシゴシと擦ると、いつもの笑顔を取り戻した。
「うん、落ち着いた。ありがとねユアン君。私はもう大丈夫!」
声色からして多少無理をしているのは明白だったが、クレアさん自身がそういうのであれば、これ以上の心配は不要だろう。
僕からは何も言わず、静かに頷いてみせた。泣いてるクレアさんを見ているうちに、複雑に絡まった糸がほどけたように、僕の心も落ち着いていた。
「アイーダちゃんも待ってるから、部屋から出ちゃおうか」
そして、鉄の扉へと手をかけたクレアさんは、一瞬名残惜しそうに黒き空へと振り返りった後、扉を押し開けた。
僕もクレアさんに続いて部屋をあとにする。
……もう、母と会うこともないだろう。別れの言葉も告げたし、後悔はない。
それにしても、いきなりの出会いだったな。死者の魂と触れ合う場所があるだなんて、考えたこともなかった。
唐突に、洞窟の入口で出会った『魂の守り人』の言葉が思い浮かんだ。清き心を持つ者のみと通るがよい、と言っていたけれど。
あの言葉の意味はつまり、黄金の杯を悪用せんと企む、悪しき心を持つ者はこの地を訪れることができない、ということだったのだろう。
そんなことを考えながら、僕が最後に黄金の杯をちらりと見ると、バタン!と扉が閉ざされた。その閉じた扉はまるで、僕と母を永遠に隔てる壁のように感ぜられる。
「よう、二人とも。ユアンの母親には会えたのか?」
部屋を出た先では、僕達の帰りを待っていたアイーダさんが壁に背を預けるようにして座っている。顔はもう青ざめていない。この場所にももう慣れたのだろうか。
「うん、会えたよ。未練もなくなって、冥界へと行っちゃったけどね」
「そうか……ま、しんみりとしたのも好きじゃねぇし、これ以上何も聞くつもりはねぇけど」
深く詮索はしないと、手をヒラヒラと振るアイーダさん。
「それより、目的は済んだんだろ?だったらとっとと出ちまおうぜ。魂の奔流ってのも景色は悪くはねぇけど」
「ふふっ……やっぱり死者の魂とかは怖い?」
「ちげぇよ!ここ寒すぎんだよ!それに、苦手なだけであって怖くはねーっての!」
静かにしてねというクレアさんからの注意なんてとっくに忘れてしまったのか。必死に反論するアイーダさんの声を聞きながら、僕の視線はクレアさんに向けていた。
気持ちの切り替えが早い人だ。僕の母、レリスとの別れに涙していた彼女は幻だったのではないかと思ってしまう程に。しかし、微かに腫れた両目には、涙の跡をしっかりと残している。
別れに涙を流すほどに親しい関係だった、ということだ。
「ユアン君も行くよ!」
気がつくとクレアさんは、アイーダさんと共に既にカヌーに乗り込んでいるところだった。彼女の言葉に従い僕もアイーダさんの隣に乗ると、カヌーが動き出す。
川はこのまま出口まで続いているのか、川の流れに身を任せるように洞窟内を進み始めたカヌーの上で、僕は先頭に座るクレアさんに向けて、意を決したように問いかけた。
「クレアさんは、母と昔、世界を旅したことがあるんですよね?教えてください、僕の母についてのことを」
「……うん。話を始めると長くなるんだけど……」
ドワーフの里での一件から、ずっと聞きたいことがあった。
僕の体に流れる魔女の血について。そして、僕の母、レリス=コーネリアとクレアさんの関係について。
魂の漂う空の下で、クレアさんは語り出した。
魔女と不思議な写し絵の旅 雨空レイン @raitoning
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔女と不思議な写し絵の旅の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます