届かない20㎝先のゴールへ
不伝
ひまわりの咲き誇るコートで
精一杯背伸びをした。
いつかあの娘に届きますように。
カッコいいあなたに届きますように。
私はひまわりのように太陽のようなあなたに向けて背伸びをする。五歳年上で憧れだったあなた。
バスケットコートで活躍する背が高くてポニーテールが似合うあなたはずっと私の憧れだった。
五歳という年齢差。大人から見たらたった五歳かもしれない。でも、小学生と高校生の私達には永遠のように大きくて深い五歳という差だった。私よりも20㎝も身長が高いあなた。
片手で放つシュートがかっこよくて私は何度も真似をした。
「小学生の
なんて笑いながらもあなたはひまわりが咲き誇る小さなコートで私に一生懸命にシュートの打ち方を教えてくれた。
あなたを好きになった最初の夏。
私はまだ両手を使わないとシュートできないけど、いつかそのゴールに届くように私は何度も何度もシュートを放つ。
ゴールに届かないシュート。
ボールは放物線を描くけどゴールに届かずに手前に落ちていく。
ミニバス用よりも45㎝高い大人用のバスケットゴール。
あなたに届かない20㎝の身長。
いつか届く日がくると信じて。
何度も何度もシュートを放つ。
ひまわり畑が咲き誇る青空の下にあるコートで私はあなたに見守られながら何度もシュート練習をした。
あれからもう一度夏が来た。あなたを好きになって二度目の夏。
あなたとの距離は15㎝になった。
ちょっとだけあなたに近づいた気がした。
両手で打っていたシュートが片手で打てるようになった。ひまわり畑のバスケットコートで、あなたと1 ON 1を何度もした。結局、私はあなたを一回も抜けなかった。あなたは私にフェイントの使い方を教えてくれた。
「相手を抜くときはこうするんだよ」
って。基本的なサイドステップを実践しながら私に教えてくれた。
ミニバス用よりも高い大人用のバスケットゴールに少しずつゴールまで届くようになっていった、私の描く放物線。この日からあなたに教えてもらったフェイントの練習もするようになった。
まだぎこちない私のサイドステップ。
来年から私は中学生になる。あなたのようになるためにバスケ部に入るってもう決めていた。
三度目の夏。
あなたとの距離は7㎝。
成長期に差し掛かり、身長が一気に伸びた。
あなたの顔が近くにきた。
今日もいつもと同じようにひまわり畑にあるゴールでシュートを放つ。私の放つシュートはゴールからほとんど外れなくなった。あなたに教えてもらったフェイントも少しずつ使いこなせるようになった。
いつしかシュートを片手で打つことが当たり前になっていた。
あなたも褒めてくれたね。
「小鈴は綺麗なシュートを打つようになった」
って。そう言われたとき、私は太陽のようなあなたに負けない笑顔を見せる。あなたに褒めてもらえたことが本当に嬉しかったから。
四度目の夏。
あなたとの距離は2㎝になった。
来年はオリンピックイヤーだってはしゃぐあなたの横顔をずっと見ていた。
もう背伸びをする必要がなくなった。
私はバスケ部のキャプテンになった。
気づけば私がバスケットをする場所はひまわり畑の小さなコートではなく、大きな体育館のバスケットコートに変わっていた。あの日のあなたと同じようにバスケットコートで活躍するようになった。
あなたのようになりたいと思って身につけたシュート、いつしか私は学校のチームの誰よりもシュートがうまくなった。
私のシュートでチームが勝った時、あなたは自分のことのように喜んでくれたね。本当はちょっぴり恥ずかしかったんだ。体育館のどこからでも聞こえるような大声で私をずっと応援していたから。
あなたの「小鈴―!」って声は本当にどこからでも聞こえた。チームメイトのみんなも笑っていたよ。あのお姉さん、いつも目立つって。
でも、それ以上に嬉しかった。あなたが私の名前をずっとずっと呼び続けて応援してくれたから。
私、その時思ったんだ。やっぱりあなたが大好きだって。
五度目の夏。
2020年の夏。
私は中学三年生になった。
とうとう私はあなたに身長が届いた。
あなたに告白しようって決めたんだ。女の子なのに告白するなんておかしいかもしれない。断られるかもしれない。けど、
「女の子だけど大好きだって」
「カッコいいあなたをずっと好きでしたって」
中学最後の大会で優勝したらあなたに告白しようって。
でも、この夏。私にそのチャンスは訪れなかった。
世界中に蔓延した疫病によって、大会が中止になってしまった。訪れなかった私の最後の夏。私に舞い降りた突然の不幸。私は悔しくて、悲しくて何度も何度も泣いた。あなたのようになりたいと始めたバスケ。気づいたら私にとってそれ以上に大きなものになっていたんだ。
そんな私を見てあなたは何度も何度も私に向かって慰めてくれたね。ごめんなさい、あなたに当たっちゃって。私、自分勝手だよね。あなたが悪いわけじゃないのに。誰かが悪いとかそんなんじゃないのに……。これは仕方ないことなのに……。
あなたは私を誘ってくれたね。大会はできなくなったけど代わりに私と1 ON 1をしようって。あのひまわり畑のコートで。代わりになんてならないかもしれないけど、それでちょっとは小鈴の気が紛れるかもって。
私にとっては最高の申し出だった。だって、あなたに私の成長を直で見てもらえるから。
「仕方ないなぁ」なんて言ってたけど本当は飛び上がるくらい嬉しかった。
翌日、ひまわり畑の小さなコートに私たちはいた。このコートにいるのは私とあなたの二人だけ。
小学生の時は高く見えたゴールも今ではとても低く見えた。あの時は永遠を感じるくらい高かった大人用のゴールもこんなに低かったんだ、今ならちょっとジャンプするだけでゴールまで手が届きそう。
あなたとの1 ON 1。あの時は勝てなかったけど今なら勝てるかもしれない。ううん、勝てるかもじゃない。
勝ちたい。
これが私の中学最後の夏。
あなたに教えてもらったバスケ。私は決めた! あなたを抜きさってあのゴールにシュートを決めたら告白しよう。だから大好きなあなたでも絶対に手を抜かない。
だって、あなたに負けたくないから。
あなたからボールを受け取る。
「小鈴、いつでもいいよ! 言っとくけど私は小鈴が相手でも手を抜かないから」
真剣な表情であなたは私に言う。バスケットボールを持ち、鋭い眼光を見せる。あなたの太陽のような笑顔も好きだけどその真剣な眼差しも私は大好き。あなたに追いついた身長。これはれっきとした真剣勝負だ。日差しに照らされた首元の汗を手で軽く拭い去る。あなたが投げるボールを受け取ったら私の中学生活最後の夏は始まる。
私とあなたの真剣勝負。
あなたに教えてもらったフェイントで抜き去って、あなたに教えてもらったシュートで最後は決めるんだ。
コートの向こうでひまわりが揺れている。大会が中止になっても私とあなたとひまわり畑と照り付ける太陽はずっとずっと変わらない。もちろん、私があなたを大好きって気持ちもずっとずっと変わらない。五年前からずっと一緒。
五年間の想いをすべてあなたにぶつけるんだ。
あなたが投げるボールを受け取る。
あなたの想いに負けないよう、胸でボールを受け止める。
私は力いっぱい地面を蹴り、あなたの元に向かっていった。
力強く右足を踏み出す。
右に行くと見せかけ、左へ大きくフェイントをかける。あなたに教えてもらった基本のサイドステップ。何度も何度も練習した技。もしかしたら通用しないかもしれない。でも、私はこの技で行くってずっと決めていた。私の持つボールを奪い取ろうとあなたの手が伸びる。刹那、私は体を自然に右に切り替えしていた。背中越しに感じるあなたの鼓動。風に吹かれたあなたのポニーテールが私の顔をくすぐる。シャンプーの残り香のいい匂いを気に留めず、私はそのまま真っ直ぐ前に力強くステップを踏む。
視界が開ける。
一面のひまわり畑と古びたゴールが私の目の前に飛び込んでくる。きっと私に抜かれたあなたは後ろにいる。どんな表情をしているかわからない。抜かれたことを悔しがっているのかな、それとも私の成長を喜んでくれているかな。たった一秒か二秒の間だけど、全てがスローモーションに見える。
弾ませていたボールを右手にしっかりと持つ。青空に向かってふわりと体を舞い上がらせる。背中に羽根が生えているかのように軽い。私の目の前にあるのは今となっては小さく感じるゴールだけ。もう当たり前になったワンハンドシュートで放たれた軌道が、バックボードを経由してゴールのリングへと吸い込まれていった。ゴールネットが気持ちのいい音を立てる。太陽に照らされキラキラと光る赤茶色のボールが地面に弾む。
雲一つない青空に向かって私は右腕を突き立てる。ひまわり畑のコートには私の雄叫びだけがいつまでもいつまでもこだましていた。
了
届かない20㎝先のゴールへ 不伝 @fuden215
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