第7話
(うん…アレ?)
襲いかかってきた獣の牙も爪も、私に突き刺さらない現実に、当の私が最も困惑していた。
顔を覆う腕の隙間から、恐る恐る様子を伺う。
私の目の前には飛びかかってきた獣はおらず、当然ながら私の体のどこかに獣が噛み付き、ぶら下がっているなんて事もなかった。
不審に思って周りを見渡す。
すると、私の足元から少し離れた地面に獣の姿を見つけた。
威嚇しながら私を睨んでいる獣。
それを見つめる無傷な私。
不可思議な構図が展開されていた。
咄嗟の状況に頭がこんがらがる私を狙って、またも獣が襲い掛かる。
「うぇっ!またっ!?」
地面を蹴った獣は、今度は私の足に向かって一直線に駆けてくる。
慌てて後退りしかできない私は今度こそ絶対絶命。
手前に出している左足首を噛みちぎられ、そのまま多量の出血で死ぬか、傷口からの感染症で死ぬかの2択の未来しか見えない。
そんな私の予想に対して、しかし現実は違った。
私の足首を噛みちぎろうとした獣は、私に辿り着く直前でその体を浮かせ、まるで私を避けるようにぐにゃりとその進路を変え、そのまま地面を転がっていった。
「…」
その一連の流れを理解できず、呆然とする私のすぐ横を何かが通り抜けた。
いや、飛び抜けた。
私の後ろから飛んできた獣が、地面に転がる獣に衝突して、2頭まとめて吹き飛んでいく。
咄嗟に後ろを振り向けば、投球後のフォームを保つプロ野球選手さながらのタレ目美人がそこにいた。
「センジョウヅカさんっ!お怪我は!?」
その横を通り抜け、ルエナさんが私に走り寄ってきた。
手やら足やらをペタペタと触られ、怪我の有無を確認される。その感触を楽しめない自分が情けなくなる。いや全く。
そこに騎士男と女騎士、優男も駆けつけてくる。
周りを見渡せば、どうやら獣達を既に片付けているらしかった。
(私は…良い仲間に、恵まれたんだな…)
最終回を迎えたアニメの主人公のような気分に浸る私。まさか死んでからこんな気持ちを味わうとはね。
「「ルエナ様、お怪我は!?」」
私の哀愁を無視して、騎士2人は専らルエナさんを心配している。
専らというより、私の事など眼中にない様子だ。
「ねぇ!?酷くない!?私今、結構ピンチじゃなかった!?」
私の叫びに対して白けた視線を向けてくる。騎士2人の態度に、私の心のATフィールドは脆くも容易く砕け散る。
がっくりと肩を落とす私を哀れんでくれたのか、優男が私の肩に手を置きうんうんと頷いてくれる。
ついでにタレ目美人さんから謎のグッジョブを受け取り、何故か馬車を引いていた馬からも頭突きを貰った。…解せぬ。
焚火を囲んでミニキャンプファイヤー。
好きな子をフォークダンスに誘い、優雅なひと時を味わいましょう。コレが林間合宿最大のチャンスだよ!?
…とは当然いかず、私を含む6人はひとまず焚火を取り囲み、硬いパンと干し肉をもそもそとかじっていた。
それを水で胃へと流し込み、簡素なディナーと相成った。
ちなみにこのパンと干し肉はルエナさんが分けてくれた。
「間接キス、しちゃう?」なんて甘い展開にはならず、ルエナさんが手に握ったナイフによって豪快にパンを半分に割ったのだ。
私には鉄分と間接キスするような趣味はないとここに記しておく。
食事が終わると、タレ目美人さんと優男が周囲を見回ってくる、と言い、連れ立って林の中に消えていった。
まあ、つい先程の出来事だし、警戒するのは当然だろう。
2人が消えていった後、暫くの間、沈黙が場を支配する。
(コレは…気まずい…)
完全なるアウェー。
そろそろ私に対してブーイングの嵐でも巻き起ころうかという状況に
「いやー!さっきは大変でしたねー!危うく死にかけましたよー!なははー!」
なんて言葉を発する事は流石にできない。
というより、何やら女騎士に睨まれているので口を開きずらい。
ルエナさんはチラチラと私の方を伺っているだけで何も聞いてこない。これは完全に恋に落ちてる反応でしょ?一歩前進。
ルエナさんの横に座る騎士男の方は、我関せずと言った様子で腕を組んで瞑想している。
しかし、私にとってこんな環境は修羅場でもなんでもない。学校の入学式後に恒例の、クラスに広がる沈黙を打ち破るなど、私にとっては朝飯前なのだ。
という事で、意を決して口を開く事にした。
「…いやぁ、えっと…皆さん怪我も無くて何よりでしたねー、あはは…」
「…!そうですねっ!はいっ!センジョウヅカさんも怪我がなくて何よりでしたっ!」
よし!上手くルエナさんが繋いでくれた。
ここからは流れに乗って聞きたい事を聞くだけだ。
という事で、ここからはルエナ先生に寄せられた質問に、先生自身が答えるコーナーです。
「あの、狼みたいな動物はなんだったんですかね?」
「アレは、この奥の森に生息している
「へぇ、緑狼って言うんだ。えっと…その、緑狼にはよく遭遇するんですか?」
「えぇ、こういう旅をしていると、偶に」
ぎこちない会話が、私とルエナさんとの間で交わされる。
私を襲ってきた二本の尻尾を持つ獣は、緑狼というらしい。
普段は森の奥に生息しているらしいのだが、今回は何故か人里近いこの林に現れたのだ。それも群れで。
「恐らくは、エサを求めて彷徨い出て来てしまったとのだと思いますが…」
とルエナさんは締めくくった。
いや、締め括られては困る。
自然の中で獣に襲われるのはまだ良いとしても、私にはもう一つ確かめなくてはならない事があるのだ。
「それにしても不思議でしたねー、まさか私を狙って来た狼が私を避けるだなん…」
「センジョウヅカさん!その事なのですが…!」
私の言葉に、ルエナさんが半ば被せるようにして声を上げる。
焚火を挟んで向かい側に座る彼女は、その身をずいっと前に乗り出して、
「あちちっ…!」
腕が火に近づきすぎて堪らず身を引いた。
可愛い。今日の疲れの全てが、今の一幕で消えていくようだ。
こほんと咳払いをし、気を取り直して真剣な目を私に向けてくる。
「先の光景を見て、私は確信しました。やはり貴女は、神より祝福を受けています。貴女は
彼女の真剣な言葉に、私は耳を傾けることしかできなかった。
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