第8話

祝福者ギフテッドには、様々な力が与えられますが、その力は往々にして、その方自身に最も適した力が与えられます。その力を以て、私達は祝福チカラと呼ぶのです」


 ルエナさんが紡ぐ言葉は、どうにもやはり実感を伴っていなかった。

 そんな私の様子を察してか、彼女は優しく微笑んで教えてくれた。


「先の緑狼達との戦いで、センジョウヅカさん、貴女も見たのではありませんか?ペングアイトが何もせずに、獣を吹き飛ばしたあの光景を」


 その言葉に、言われた騎士男が深い溜息で以て返し、女騎士もまた額に手を当てて項垂れていた。


「ルエナ様、そう易々とバラされては…」


「良いではありませんか、ペング?それが知れたところで貴女がどうこうなる訳ではないのですし」


 返された言葉に、騎士男の方はむぅと唸って黙り込む。

 そして騎士男に対するルエナさんの態度は、今までの少女のような雰囲気とは違い、どこか大人びたものであった。


「話を戻しましょう。彼が緑狼を吹き飛ばしてみせたのもまた、祝福の恩恵によるものなのですよ。流石に詳細までは明かせませんが…」


 そう言って大人びた笑みを浮かべるルエナさん。こんな彼女もまた良い…

 そんな思いを噛みしめ、私は少し考えてみた。

 彼女の横に座る騎士男は、何もせずに獣一頭を吹き飛ばした。

 さしづめサイコキネシス、と言ったところか?

 そしてその力は、神様によって与えられているという。

 それはまさしく、超能力や魔法のような力と言っても差し支えないだろう。

 不味いね。私は、禁書◯録も超電◯砲もアニメでしか履修していないのだ。

 ちゃんとついていけるかしら?


 そうして考え込む私の横に、誰かが座るのが分かった。

 誰かというか、ルエナさんその人だった。

 近い。すぐ近くに座る彼女は、泥で汚れているのにも関わらずその美しさに陰りはない。

 エメラルドの瞳が濁ることはないようで、出会った時からその透明な美しさは少しも変わらない。

 近くて緊張する私の気持ちをよそに、彼女は徐に私の両手を取って…


(えっ!ちょっと待って!まだ心の準備が!…て、手汗!手汗かいてないかな!?)


 私の両手を取ると、彼女は口を開いた。


「今から神に問いかけ、貴女に授けられた祝福の名とその性質を、神から賜ります。大丈夫。私に身を委ねて下さい」


 そのまま彼女は目を瞑り、祈るように言葉を唱え始めた。

 それは私という人間が生涯知ることの無かった、真摯な祈りの姿そのものだった。


「偉大なる神インヌよ…」


 初めの一節でその厳かな雰囲気はぶち壊れたが。

 いつかこの祝詞の一節でも変えてやろう、そう誓った私である。


 いつの間にか騎士2人が、私達より少し離れた場所に無言で立ち静かに見守る姿勢に入っていた。

 きっと彼らには、私達の、彼女の声は聞こえないだろう。もしかしたら、この儀式には何かマナーがあるのかも知れない。


(それにしても、私は本当に、私の知らない世界に来てしまったのだな…)


 彼女の祈りの言葉を聞き流しつつ、私は今日起こった出来事を思い返していた。

 神様との邂逅から始まり、彼女達に拾われて、そして狼の群れに襲われた。

 そんな非日常は既に、私の中で現実に変わっているのだった。

 もしかしたら、明日の朝起きれば、全て夢なら中に消えているのかも知れないけれど。


(まあその前に、今日ちゃんと寝られるのかどうか、だけどね)


 彼女の祈りが終わった。

 それと同時に、彼女の胸元にかけられていたペンダントが鈍い光を放ちながらふわりと浮き上がる。


「…っ!ペンダント、が…!」


「偉大なる神からのお言葉は…このペンダントを触媒にして、私達に紡がれるのです」


 目の前の光景に驚きを隠せない私に対して、彼女の方は慣れたもの、という風だ。

 ペンダントの輝きが増していく。それは闇夜に浮かぶ煌びやかな星の瞬きにも似て、しかし月の光のように、人を惹きつける怪しい魅力を伴っていた。

 その輝きが最大限に達し、辺りを包み込んでいく。

 彼女の顔も、最早私の手元すら見えない。

 私は耐えられずに目を瞑る。私のような人間には眩しすぎた。こんな光に満ちた世界は。


 その直後、私の頭の中に声が響く。

 それはとても厳かで…


「汝…この穢れ蔓延る世界に生きる者よ…」


(てかコレ、あの親バカ神の声じゃん)


 またも、せっかくの雰囲気を台無しにする声だった。まあ、薄々分かってはいたけれども…

 息子に甘い顎髭の光景を思い出して、私は心の中で顎髭を3回ほど毟っておく事にした。

 他意はないので安心して欲しい。


「あー、えっと…お主か…」


(お主が会いにきてやったよ)


「まあ良い…この場では祝福のみ授けるし…」


 私に会いたくてしょうがなかっただろうに、そんな気配をちっとも表に出さずに話を続ける顎髭。

 ツンデレが多くて困るね、全く。


(いや、私には私で、聞きたいことが山ほどあるんだけど…)


「お主の言葉に取り合っている暇はなくてな

。良いか?言うぞ?一度しか言わないからよく聞けよ?」


(アニメ番組ラストの合言葉発表なのか…?)


「良いか?お主に与える祝福チカラは…)


 私の突っ込みを無視して、神が言葉を続ける。

 私もつられてゴクリと生唾を呑み込んだ。私に与えられた祝福は、一体何なのか?

 それ次第で、この世界での生き方が決まる事だろう。

 そして神は私を祝福する。


「お主に与えられた祝福は…『潔癖症我は穢れを厭う』だ!どうだ!?ぴったりだろう!この祝福が有れば、汚れ穢れた者は、お主に近づく事すら出来ぬぞ!」


(…)


「ふん!驚きのあまり声も出ないか!ではの、頑張って生きるのだぞ、この世界で」


 その言葉を最後に、顎髭の言葉は聞こえなくなった。

 それを待っていたかのようにペンダントの輝きも収まっていき、辺りは夜の闇を取り戻す。


「センジョウヅカさん、聞こえましたか?偉大なる神の声が?」


「…そう、だね。」


「ご気分が優れませんか?…確かに、突然神からの声を聞けば驚いてしまう方が大半ですからね…」


「うん…ちょっと驚いちゃって。夜風に当たってくるね」


 そう言って私はその場から離れて、側を流れていた小川に沿って歩きだした。

 ルエナさんが私を心配そうに呼んでいたが、私は独りになりたい気分だった。


 そのまま流れに沿って歩き、数分歩いて私は立ち止まった。

 川のそばにしゃがみ込み、手で水をすくって顔を洗う。

 水は綺麗に澄んでいて、私の黒髪と少し隈のあるどんよりした目が写る。いつも通りの顔で安心した。

 顔を洗って冷静になった頭で少し考える。

 聞きたいことも、言いたいことも神に対しては沢山あった。

 しかしそれらは一旦置いておいて、今は叫びたい気分だった。


「私は潔癖症じゃねえって言っただろうがぁーーーー!誰がオチつけろって頼んだオラーーーーー!」


 この世界の中心で、一番どうでも良いことを叫んだ。

 私はどうやら、この世界でも潔癖症として生きる事になったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キレイ好きは死んでも治らないようです 鳴座 @tondemonaiyomikaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ