第4話

「…そうですね、どこから話しましょうか」


 馬の蹄が鳴らすカッポカッポという音に耳が馴染み、馬車の揺れにも慣れてきた頃、私はルエナさんに色々と話を聞く事にした。

 聞かなければならない事は数あれど、一先ずは「ここは何処なのか」と「何処に向かっているのか」を聞く事にした。

 細かい事は後回しだ。ついでにルエナさんと連絡先を交換したかったのだが、残念な事にここにスマホは無いのです…


「センジョウヅカさんがどこまで覚えてらっしゃるか分かりませんので、1つずついきましょう。まず、この場所は…」


 彼女は自分の荷物の中から地図を取り出して、私との間に置き説明をしてくれた。


(コレはアレだよね、もう友達以上恋人未満の距離感だよね?え、違う?そうですか…)


 曰く、

 私達がぶらり路線馬車の旅をしているこの平原は、単に「東の平原」と呼ばれているらしい。

 東という事は即ち、西側から見たと言うことで、そこには人が住んでいる可能性があるという事だ。

 そんな私の推理は正しかったらしく、東の平原から見て西側は、ある国の領土らしい。そして、彼女達はそこを目指して旅をしているとのことだった。

 その国の名はイタレユ=リアメル帝国。

 この大陸の西に版図を持つ国の中でも最大規模。

 とりあえず長ったらしい名前だったのでイタ帝国と呼ぶ事にする。


 ちなみにこの大陸、地図を見た感じは東西に横長い。簡単に脳内補完するとユーラシア大陸だろうか?

 ついでにだが、現在発見されている大陸の中でも、この大陸が最も大きいとのこと。

 それは地図を見ても明らかだった。

 地図の精度にケチをつけても仕方ないので、ここは素直に地図を信じる事にした。

 しかしこの大陸、統一された名前はないらしい。


(まあ、沢山国があって争いがあったりしたらそんなものか)


 西側には、そのイタ帝国を除いても大小いくつかの国々が地図に記されていた。さながら、春秋戦国時代と言ったところか。

 しかし、細かい事は頭の隅に追いやってしまう。

 ついでに、訝しむように私を見てくるチャールズとか言う騎士とペリウヌスとか言う女騎士の存在も思考の外に追いやる。

 どうやら記憶喪失という演技を疑っているような印象。

 失敬な子達だよ、全く。

 今この空間には私とルエナさんしかいない、良いね?


 では、この名無しの大陸の東側、この平原を超えた先には何があるのか?

 気になって地図を詳しく見てみた。

 私達が今いる東の平原と、そのさらに東にある「ローカ山脈」の奥には、どうやら大国があるらしい。

 国の名前までは記されていなかった。

 今更だが、なぜ私はこの世界の文字が読め、言葉が通じるのだろうか?

 これも神様のフォローとかいうやつだろうか?今度会ったら、あの顎髭を毟りながらにでも聞くとしよう。


(それにしても「ローカ山脈」ねぇ…)


 聞いたことがあるような、無いような、思い出したくも無いような気がするが、今は置いておくとする。


 一通りの説明を受けている間に、いつの間にか馬車は林の中を進んでいた。

 陽もだいぶ傾いてきている。この世界の時間感覚は分からないが、私の体内時計的に恐らくは5時くらいだろうか?

 辺りは既に薄暗い。


「あ、そうだ!センジョウヅカさんは、『祝福者』を覚えてはいませんか?」


 周囲の観察を続けていると、ルエナさんが何やら聴き慣れない単語を口にしてきた。

 途端、隣を歩いていた騎士くんが僅かに反応した様子を見せたが、私の後ろに座る優男に宥められて押し黙った。

 怪しい、とは思いつつも、変な勘ぐりをされては堪らないので適当に相槌を打つ事にした。


「んっと?…平原あんなところで寝るのは、私的には祝福されているとは思えないケド…」


 少し皮肉まじりに答えると、ルエナさんはふふっと笑い、胸元に掛けられていたペンダントを服の下から引っ張り出して見せてくれた。

 そのペンダントは、10円玉くらいのサイズで、鈍く銀色に輝く表面には、何やら図形とも文字とも似つかない模様が描かれていた。


「私達をお導き下さる神インヌは、私達がこの世に溢れる困難に打ち勝つために、とある力を授けて下さいました」


 両手でペンダントを包み込み、祈るような姿勢で語り始めたルエナさんを見て、私の心の中を焦燥感が占めていく。


(不味い!この世界独自の宗教勧誘か!?この5人に囲まれて、私はおかしな壺を買わされてしまうのか!?)


 私の不安を余所に、彼女は語り続ける。

 その口調はとても真摯なものであり、どこか祈るようなものでもあった。

 当然のことながら「この壺を買えばあなたには幸運が訪れますよ?」などと言う言葉が彼女の口から出てくる事は無かった。

 疑ってごめんね、ホントに…


「その力は、使うべき人に、使うべき力が与えられます。その者達は、神の祝福を受けた事で「祝福者ギフテッドと呼ばれ、多くの人々を纏め導くのです」


 と締め括り彼女は私に向き直った。

 その目は私をひたと見据え、そのエメラルドの瞳はどこまでも澄んでいる。


「で、その話が私とどう関係あるのかな?ルエナさん。それとも私が、その祝福者だとでも?」


 薄々察しつつも、最後の悪足掻きとしてルエナさんに訊ねる。

 

「はい…実は私は、祝福者の方を見抜く事が出来るのです。」


 どこか厳かに紡がれたその言葉に、周りの騎士2人が僅かに騒ついたが、それに構わず彼女は言葉を続ける。


「貴方は、大いなる神インヌから祝福を受けております。センジョウヅカさん、貴方は祝福者ギフテッドです」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、私は悟った。

 否、悟らざるを得なかった。


(あの親バカ神ーーーーー!!)


 あの神は私をどうやら面倒な事に巻き込んだらしい。

 その証拠に私の嗅覚は、敏感にも、近づいてくるそれの気配匂いに気付いていたのだった。

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