第3話

 というのが、数時間か、数日か、数年前に起こった出来事と交わされた言葉だ。

 正直まだ夢見心地だし、この現実離れした出来事は既に私の脳の処理能力を超えてしまっている。

 しかし、私が乗っているこの幌馬車から感じる揺れも、私の髪を靡く風の心地よさも、燦々と降り注ぐ日光の眩さも、その全てがとても夢とは思えなかった。

 思わせてはくれなかった。


「あの、センジョウヅカさん?本当に大丈夫ですか?」


 思考に耽る私を心配するような声がかかる。

 私の顔を覗き込むように見てくるその少女の名前はルエナさん。

 苗字が無いことから察するに、庶民の生まれなのだろうか?この世界でも、生前の常識が通用するとは限らないけれど。

 しかしルエナさんは、庶民とは思えないような可愛さだった。

 風に靡く髪は薄く緑がかった白。その髪は肩甲骨辺りまで伸ばされ、優雅に彼女の姿を彩っている。

 目の色もそれに合わせるように緑に輝いており、その輝きはエメラルドを連想させる。

 ちなみに私はレック◯ザ派だ。

 今はそんな事どうでも良い。いやホントに。

 そんな事より、彼女の服装だ。

 彼女はまるで中世のヨーロッパ庶民のような服装の上から、マントを羽織っていて、そしてその服からは…

 いや、やっぱりこの先はやめておこう。

 ちなみに今の私の服装も、彼女と同じような装いになっている。あの神の図らいだろうか?流石に某少年と同じようにジャージ姿で、とはいかなかったらしい。


「あぁ、大丈夫ですよ。ご心配なく」


「そうですか…あまりお話なさらないので、心配してしまいましたよ」


 そう言って彼女は私に微笑んだ。お嬢様然としたその様子は、年に似つかわしくなく優雅にみえる。

 正直抱きた…おっと、ここから先は不味いかな?不味いね。


「やはり、記憶はお戻りになりませんか?」


「…あっ、えっと、そうみたいです」


「そうですか…」


 そう呟いて気遣わしげに目を伏せる少女。

 そう、私は彼女に一つ嘘をついている。



 あの神殿から下に落とされた後、私は草原の上で目が覚めた。

 そんな私に走り寄ってきて、介抱してくれたのが彼女だった。

 数分間呆けていた私は、彼女に肩を揺さぶられて真に意識が覚醒した。

 いや、それよりも更に強い要因があったのだが、それも今は言うまい。

 その後、彼女から沢山の質問を受けたのだが、その質問の一つにすら答えられるハズもなく。

 その結果、彼女の出した結論が「私は記憶を失って倒れていた旅人」であった。

 そして私も全力でそれに乗っかることにしたのだ。


 正直「いやー、神様に手違いで殺されちゃいましてー!そのお詫びにこっちに送られたんですよー!あははー!カフェオレ飲みてー!」

 と言って信じてくれる人がいるとは思えないし、それなら少しの間でも、彼女に助けてもらった方が良いと判断したのだ。


(しかし、あの神も粋なことをしやがるぜい。まさか目覚めてすぐにこんな可愛い娘ちゃんに出会えるなんて…)


 とまあ、私は自分の境遇については神に押しつけつつ、今後について考えるのである。



「ルエナ様!そろそろその者からお離れ下さい。やはり、そのような何処の馬の骨かも知れぬ者、やはり危険でございます!」


 良い雰囲気を醸し出し、そろそろ1回目のデートもかくやという私とルエナさんの間に怒りを滲ませた声が割って入る。

 恋愛とは多難なものなのだなと再確認する。いや全く。

 なので私は、「やはり、やはり」を連呼するその声の主に対して、非難を乗せた視線を向ける事にした。

 後ろを振り向くと、荷物が積まれた幌馬車の中の座席に座ったその女性から、私に険しい眼差しが向けられていた。

 その格好から、女騎士という言葉が良く似合う女性である。

 短髪の栗毛は癖っ毛気味に少し暴れていて、やや吊り上がった目は未だに険しく私を捉えて離さない。


「ペリウヌス、心配しなくても、センジョウヅカさんにそのような心配は要りませんよ?記憶がないと仰ってますし…」


「そーだよペリ?彼女にそこまで気を張る必要はないさ」


 ルエナさんの言葉を援護するように、ペリウヌスと呼ばれた女の向かい側に座る男から声が飛ぶ。

 こちらは騎士ではなく、ルエナさんと同じような中世ヨーロッパ風の服装、その上から革製の鎧のようなものを着る細身の優男だ。

 その雰囲気はどこか遊び慣れた印象を連想させる。


(いるよねー、こういう「なんくるないさー」的な感じの先輩)


 私の抱いた印象を知ってか知らずか、その男はチラリと私を一瞥しただけで、後は腕を頭の後ろに組んで寛ぎはじめた。


「ペリ?そもそも心配は見当違いだってことくらい、君にも分かる事だろう?」


「む…しかし、だな、チャールズ…」


「君は肩に力を入れすぎなんだよ。まだまだ旅は半分以上ある。気楽に行こうぜ?」


 チャールズと呼ばれた男に窘められながらも、腕を組んで考えこむ姿勢を取る女騎士。チラリと私を一瞥した後、


「妙な真似をすればどうなるか、分かっているな…?」


 剣呑な気配を漂わせつつ、座席に立てかけてある剣に手をかけながらそう宣った。


(心外だよね?私ただの大学生なんですけど?ルエナさんとちょこっとお近づきになりたいだけなんですけど?)


 しかしそんな事は言えず、ちょっとおっかない雰囲気を漂わせる女騎士に対して、私は肩を竦めて応える事しか出来なかった。


「すいません、彼女は少し、心配性でして、その…」


「いやいや、気にしないでよルエナさん」


 するとそこにルエナさんが声を掛けてくれた。ルエナさんはやはり良い人である。

 こういう「みんなに優しい雰囲気」をだす娘は、このままお友達から発展出来ないパターンが多い。うん、不味いね。コレは非常に不味いですよ…


「いえ、ペリの心配はもっともです。ルエナ様、貴女は他者に優しすぎますから」


 そこにまた一つ声が加わる。

 その声はルエナさんの奥から聞こえてきた。

 1人馬車に乗らず、ルエナさんの側をピタリと離れず歩くその男も騎士という風体だ。

 体つきはがっしりしていて、見るからに重そうな円楯を背中に背負い、腰に剣を下げて武装している。

 歩くたびにガシャリガシャリと音が鳴るその鎧は見るからに重そうであり、至る所にキズが付いている。

 しかし所々汚れが付着していて、少し汚いなと思ったしまうのは日本人のサガだろうか?

 そこからは、いわゆる歴戦、という雰囲気が出ているけれど。

 こちらの男も、というより先程の男も女騎士もみんな栗色の髪をしている。


(大学に入りたての新入生集団みたい。ちょっと面白いかも)


 なんて思いつつ男の方を観察していると、これまた険しい目つきで見返されてしまった。


「もう、ペングアイトまで。みんなして殺伐としすぎです」


 唇を尖らせ、隣を歩く騎士に抗議するルエナさんに、男の方も困った顔で対応する。


「ですがルエナ様。それが俺たちの任務なのです。何事にも警戒を怠る訳にはいきません…」


「うむ」


「ペングはいつも固いねー」


 したり顔で首を縦に振る女騎士に、場を茶化すように笑う優男。

 そんな状況に自らの劣勢を悟ったのか、ルエナさんは進行方向に唐突に振り返った。

 その時、ふわりと弾む彼女の髪から香る香りに私は目眩を感じつつも、彼女につられて同じ方を横目で見る。


「イル!イルはそうは思いませんよね!?」


 女騎士と優男、さらには積まれた荷物の向こう側にルエナさんは声をかける。

 程なくして、その先にある御者台から、親指を立てた左手が上がってくるのが見えた。


 馬車が揺れる度に、そこに座る人物の背に掛かる赤髪も、同じ揺れを刻む。

 マントを羽織っており服装は見えないが、馬車の揺れでガシャガシャ鳴っていないし、鎧の類は着ていないらしい。

 顔は…良く見ていなかったので思い出せないが、少し垂れ目がちの顔立ちの整った女性だったと思う。


(ルエナさんも、おっかない女騎士も、赤髪の人も、みんな美形だ…ここは、ハーレムなのか?あの神が言ってた「私に対するフォロー」ってこう言う?神…グッジョブ!)


 心の中で神に感謝を送っている私の横では、ルエナさんが嬉しそうな顔を浮かべている。

 その光景を見逃すまいと、私は心のシャッターを連写した後、動画撮影に移行。スムーズに保存を完了する。そのスピードは既にプロの領域に達していると自負しております。


 とまあ、私はこの5人組の男女に助けられたのだが、目下問題は山積している訳で…


(彼女らは、私は、一体何処へ向かっているのやら?)


 町が何かが有れば良いのだけどね

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