第6話

「ふん…!!」


 先頭の1匹の突進を騎士男が盾で受け止める。

 受け止めた姿勢のまま盾を横になぎ払い、獣を後方に吹き飛ばす。追随してきた後ろの二頭の獣を巻き込み、獣は地面に激突した。


「ペングアイト…!!」


「待てペリ!こっちにも来るぞ!」


 こちらに駆けつけようとする女騎士の足が止まる。

 優男の声に振り向けば、そちらの2人にも5頭の獣が疾駆していた。


「ウオオン!!!!」


 獣達の声がその場に響く。

 私は身震いと共に自分の置かれた状況を悟ってしまった。


(いやコレ…ちょっと不味いのでは!?)


 そう、この状況はちょっと不味かった。

 騎士男は盾で獣を押し留め、剣を巧みに使い獣を牽制しているが、明らかに多勢に無勢だ。1人対5頭では、あの見るからに体育会系騎士男でも無理があるだろう。

 私の横のタレ目美人さんはルエナさんの護衛なのか、側から動けそうにない。

 そのルエナさんには明らかに戦闘能力なんて無さそうだし、険しい面持ちで状況を見守ることしかできていない。

 加勢に駆けつけようとした女騎士と優男の2人も獣たちに足止めを喰らわされている。

 そして私。

 そう!私である!

 この中で1番戦えないし!両手縛られてるし!ルエナさんのように守っても貰えない!


(ある意味この中で1番ピンチなの、私では!?)


 ここは体育会系騎士男に任せるしかない。彼が頑張ってくれれば、その分私の安全性も増すのだ!

 こっちの世界に来て早々に死ぬなんてやってやれない私である。

 そしてさらに、もう一つ不味いことに気づいた。

 あの騎士男、なんかどんどん離れて行っているのである。

 明らかに獣を深追いしており、私達との距離は既に5メートルを超えているだろう。


(いや、近くで戦ってくれないのは大変非常にありがたいのだが、コレ私本当に危なくね!?)


 騎士男が抜かれたら、恐らく私はそのまま獣の餌コースに一直線だ。


「おぉい!体育会系!絶対抜かれんなよ!?マジで頼むぞぉ!助けてくれよぉ!?」


「はぁ!?お前を守る為に戦っているわけでは…ちっ!」


 私の惨めな叫び声に振り向くことなく答えながら、己に襲いかかってきた獣を右手の剣で横薙ぎに斬り捨てた。

 こんなところでツンデレを発揮されても困るのだが、今はあのツンデレに頼るしかないので頑張ってもらわねば!


「良いぞぉ!ツンデレ!その調子だー!」


「ちょっと、センジョウヅカさん!?」


「煩いぞ!ちょっと黙ってろ!」


 ルエナさんの声とツンデレの声が重なる。

 その瞬間を見計ったのか、先程吹き飛ばされた3頭の獣も復活してツンデレに襲いかかる。


(全部で4頭…!流石に捌き切れないか!?)


 そう思い、抜けてくるかもしれない獣に身構えた直後、


「ふん!野犬如きが舐めるなよ!…『念動この手が触れずとも』!!」


 男の言葉と共に、先頭を駆けていた獣の一頭がまたも後方に吹き飛んだ。

 今度は後続を巻き込む事はなかったが、その威力は先の一撃の比ではない。

 吹き飛ばされた獣は、そのままのスピードで近くの木の根本に叩き付けられる。

 しかし私は、そんな光景よりもさらに驚愕する事実に思考を奪われていた。


「今…あの人何したの…?何も、してなかったよね…?」


 そう、騎士男は何もしていなかった。

 盾で受けることも、剣でなぎ払う事もしていなかった。

 ただ、獣が飛ばされたという結果だけがそこにある。

 その一瞬の動揺が不味かった。


「…しまった!イル!そっちに二頭行った!ルエナ様を頼む!」


 騎士男の声で我にかえるが、その時には既に2頭の獣が私達3人の元に殺到している。

 一頭はタレ目美人さんとルエナさんの方に、もう一頭は2人よりも少し離れた私の方に向かって、その牙を剥き出しにしたまま疾駆する。


「センジョウヅカさん!」


「…っ!」


 ルエナさんの声が虚しく響く中、既に私の目の前まで獣が迫ってきていた。

 開かれた口から剥き出しの牙は、私の喉笛を狙って怪しく光る。


(やっぱり獣というヤツは、弱そうな奴から狙うのだろうか…?)


 ゆっくりと流れる時間の中で、そんな妙に冷静な事を考えてしまう。

 一度目は見る事がなかった走馬灯。

 それが今、目の前で繰り広げられるように、しかし迫り来る死の方が早い。

 それでも私は反射的に両腕で顔を覆う。


(こんなところで早々と死んではいられない…!こんな、獣臭いヤツに殺られるなんて!)


 私は自身に迫る獣の牙を甘んじて受け入れる事しか出来なかった。

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