秘密(お題[猫・ラーメン・社長])

詩章

秘密(お題[猫・ラーメン・社長])

「社長、お昼どうします?」

 書類を整理していた手を止め答える。

「いや、社長は止めてください。社員は僕と貴方の二人しかいないんですから……」

 言っていて悲しくなってくる。


 先月、ある事件から5年間勤めた会社を辞めることになった。そして、スマホ用のゲームを作る会社を立ち上げるべく動き始めた僕たち。

 実際に集まったスタッフは1人。友人に紹介してもらったイラストレーターのネロさん。本名は知らない。会社としての体を成していないため履歴書等はまだ要求できる状態ではない。そもそも社員を選ぶどころか集めている最中で、起業すらも危ういレベルだ。

 履歴書は会社を起業したあと、提出してもらおう。そうすれば……いや、今は止めておこう。


 今日事務所を構え、初めてネロさんと顔を合わせた。

「それでーお昼どうしましょうか? なにか食べたいものあります?」

 整った顔立ちからは予想外の答えが返ってきた。

「ラーメンがいいです!」

 ラーメン好きなんだ。

「意外ですね」

 そう言うと、ネロさんはさらに大きな声で答える。

「ラーメン大好きなんです!」

 ニコっと笑うと幼い子供のようにキラキラと輝き、部屋が明るくなる。

「ネロさんって、いくつなの?」

 何気なく聞くと、

「秘密です♪」

 と、とびきりの笑顔ではぐらかされる。

「秘密なんだ……とりあえずラーメン食べいこうか」

 ちょっと残念だな……まぁ履歴書あればわかるしな……



「あ! 社長! 猫がいますよ! 猫!」

 急にテンションの上がるネロさんに呆気にとられてしまう。

「社長聞いてます? 子猫ですよ子猫!」

 かがんで子猫を撫でるネロさんが手招いている。

「猫好きなんですか?」

 子猫を撫でまわすネロさんからは幸せが溢れている。

「ハイ! 大好きです!」

 なにこのかわいい子。笑顔が眩しい……

「この子、事務所で飼っちゃダメですか?」

 そんなウルウルした目で頼まれちゃな……

「じゃあ飼っちゃおっか!」

 もうどうにでもなれ。

 一応ペットは飼うことが出来るアパートだったはずだ。

「でもこの子野良猫なの? 親猫が近くにいるんじゃ……」

 ふと浮かんだ疑問がこぼれる。

「たしかに……残念ですがラーメンは中止です! ちょっとその辺お散歩しましょうか。親猫を探しましょう」

 僕らは昼食を先送りし、親猫探しを開始した。




「ネロさんって1人暮らしなんですか?」

 暇なのでいろいろと質問をしてみることにした。

「秘密です♪」

 やはり笑顔が眩しい。

 秘密なんだー。

 キョロキョロと辺りを見回し捜索を再開した。

「なんでウチに来てくれたんですか?」

「んー秘密でーす」

 え、志望動機すら教えてもらえないんですか……それなら!

「好きな色は?」

「秘密です♪」

「好きな季節は?」

「秘密です♪」

「好きな漫画は!」

「秘密です♪」

「……」

 ネロさんは、謎多き女性でした……



「親猫、いませんねネロさん」

 そう言ったとき、ネロさんの腕の中で子猫が激しく暴れだした。

 親猫だろうか? 猫の鳴き声がした。

 ネロさんはそっと子猫を地面におろすと寂しそうに手を降った。

 子猫は鳴き声に誘われるように走り去っていった。

「残念でしたね……」

 そう言うと、彼女は笑って答えた。

「いえ! 親や兄弟といるのが一番ですから! さぁ、ラーメン食べに行きましょう!」

 僕は少し感心した。

 もしかしたら、ネロさんの家庭の事情は少し複雑なのかもしれない。それを聞いても「秘密です♪」とまたはぐらかされてしまうだろう。

 彼女が強くて優しい人間だということが少しだけわかった。

 そして、もっと彼女のことを知りたいと思った。

 だけど今度は気を付けなければならない。


 前回は訴えられかけてしまったけど、今回は起業さえできれば履歴書が手にはいる。


 もう問題を起こして会社を追い出されることはない。


 だって、僕が社長なのだから。


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