第113話 初戦が終わり
「バスダット監獄は落ちた! 初戦は我々の勝利だ!」
監獄の中。広間に集まった革命軍の面々の前で、ラファルは声を張りながら腕を突き上げた。
他の者たちも、続いて手や持っている武器を突き上げ、歓喜の勝鬨を上げる。中には涙を流して抱き合う者たちまでいて、まだ最初の戦いが終わっただけなのに、もう革命を成し遂げたかのような盛り上がりだ。
「あ~、つっかれた~……!」
「そ、そりゃあこっちのセリフだっ……。お前、今度何か奢れよな……」
その傍らで、俺とライルは壁に背を預けてぐったりと座り込んでいた。
俺に続き突入してきたライルや革命軍とも合流し、俺たちはこのバスダット監獄の制圧に成功した。
激しい戦いが監獄の至る所で起こったが、俺は馬車馬の如く走り回り、それはもう右へ左へにと駆けずり回って、何とか死者を出さずに戦いを終わらせることができた。
もう、もうさ、本っ当に大変だった……! どいつもこいつも頭に血に上ってるもんだから、あわやって場面が一体どれほどあったか……。
けどまぁ、これで一場面乗り切ったな、と息を吐き、ひんやりと冷たい石造りの壁に動き回って汗ばんだ背中を擦りつけながら、窓から外に目をやった。
見えたのは、監獄の円塔。今俺たちがいるのは塔の根本から横に伸びるように建てられた建物で、窓からは円塔の屋上を見上げることができた。
そこには革命軍の兵が数人おり、彼らの前には細長い棒のような物が立っている。
空に向かって伸びている棒の先端には、一枚の旗が翻っている。赤地の中央に金糸で剣の紋様が刺繍されたそれは、クロディウス帝国の国旗だ。
その旗を、男たちが棒から降ろしていく。代わりに、新たな旗を掲げていく。
それは一輪の花が描かれた白い旗だった。それが揚がり、風で靡くと、揚げた男たちと、そのことに気づいた室内の者たちもわっと歓声を上げた。
「あれが革命軍の旗か。赤に白、剣に対して花って、あからさま過ぎんだろ」
俺の頭越しに外を見上げたライルが、呆れたように呟く。つまりは、国家への反発を表すために国旗と対称的なデザインにしたわけか。
「何でも白は、一般市民を象徴しているそうだよ。皇室を示す赤に対して、我々は何者でもない白だって」
周りの盛り上がりに付いて行けずぼんやりと外を眺めていた俺たちの横合いから、これまた平静のままの声が投げかけられた。
「サナ! よかった、戻ったんだな。怪我とかは?」
「大丈夫、かすり傷程度だよ。久しぶりに全力で戦ってヘトヘトだけど」
「本当に?」
「え?」
「本当の本当にほんとーに?」
「う、うん。何でそんなに疑われてるの?」
前のめりになって目をじーっと見つめると、サナは背を反らし逃げるが、俺はそれをさらに追う。
「サナの強さは知ってるけどさ、相手はあのリリーだったわけだし。お前、心配かけないようにとか変な気を回して、怪我してても隠しそうじゃん。で、ほんとーーーに大丈夫なんだな?」
「ほ、本当だよ! 大丈夫、ティグル君には隠さずちゃんと言うから! 約束する! だ、だから離れて。か、顔、近い……」
迫る俺を、広げた両手と慌てた早口で押し留めていたサナだが、徐々に声を萎ませて、顔を背けてしまった。逃げるように一歩大きく下がって、外套の襟元を握り寄せて口元を隠した。
うーん、見た所確かに、外套の端々に刃が掠めた跡や頬に土埃の汚れが付いている位で、申告通り目立った怪我はなさそうだ。血の匂いもしないし、信用してもいいか。
心なし顔が赤い気はするが、あれは顔を見つめられて恥ずかしかったから、かな? 存外恥ずかしがり屋だよな、サナは。
「サナ……あの、そのよ」
追及を止めた俺の横から、今度はライルが顔を出した。けれど言い淀んだ口はそれ以上先を言わずにきゅっ、と引き結ばれてしまう。
「大丈夫、リリーさんも無事だよ。監獄が落ちたって知ったら、彼女あっさりと退いたから」
俯くライルの顔を見て、サナは気持ちを切り替えるように一度息を吐いてから肩を窄めて、おそらく努めて軽い口調で告げた。……俺とは依然微妙に距離を取っているのは、さておき。
それを聞き、強張っていたライルの顔から力が抜けた。詰まらせていた息を吐き出し、心底安堵しているのが見てわかった。
帝国側の援軍にリリーが出てきたと聞いてから、彼女の身をずっと案じていたのだろう。心配ならそうと言えばいいものを、とも思うが、敵対関係になっている相手の心配を表立ってするわけにいかないとでも考えているのか。意外と義理堅い奴だ。
もし俺がライルの立場――例えば、そう、サナや母さんが戦っている相手側にいるとなったら……うん、何も考えず即座に駆けつけ暴れ回るな。間違いない。
「お前は偉いなぁ。初めて尊敬しちゃったよ」
「い、いきなり何だよ。てか、初めてってどういうことだコラ。こちとら勇者だぞ」
「あー。そういう所がなければなぁ……」
せっかく感心したのに、残念な奴め。
「何だ何だ。勇者様ってのはずいぶんとみみっちいことを気にするんだな」
肩を落とす俺とそれに食ってかかろうとするライルとの間を割るように、横から声を掛けられた。浅黒い肌の大柄の男――ラファルだ。先程まで監獄解放に盛り上がる連中の先頭に立っていたのに、抜け出してきたらしい。
「協力してくれている噂の勇者と精霊兵に挨拶しておこうと思ってな。手を貸してくれて助かってる、礼をさせてくれ」
俺が紹介したのに続いて、ラファルがサナたちと握手を交わす。みみっちいと言われたライルは若干唇を尖らせているが……本当、そういう所だって。
「ところで、探している奴がいるんだが、見ていないか? これくらいの背丈で、根暗そうな優男で」
「誰が根暗だ。彼らが本気にしたらどうするんだよ、まったく」
ラファルの言葉を遮り、別の男が現れる。そして、その人物も俺の知る相手だった。
「よう、カミーユ。無事だったみたいだな」
「それはこっちのセリフだ。長い監獄生活でどうしているかと思っていたけど、元気そうじゃないか」
「あったり前だ。俺がそんなヤワな男か?」
「うん、そうだ、そうだった。……けど、無事で良かったよ」
カミーユさんの差し出した手を、ラファルはにかっと笑って握り返す。先程のサナたちとは違う、喜びと安堵と、互いを讃え合うような気持ちの籠った、強い握手だ。
「えーと……二人は知り合いなの?」
再会の喜びを邪魔して気が引けたけど、放置されてさすがに居心地が悪くなってきたので、俺が口を挟む。
「そうか、あんたらも面識ありか。俺とカミーユはガキの頃からのダチでな」
「前に、子供の頃は仲間とよくパンや果物を盗んでいたって話をしましたよね。ラファルはその時の仲間の一人なんです」
「革命軍にも一緒に入って、これまでずっと一緒にやってきたからな。まぁ、いわゆる親友って奴だ」
そう言ってラファルはカミーユさんの首に腕を回し、「や、止めろって、暑苦しい」とカミーユさんは振り解こうとしているが、心底嫌がっているわけでもなさそうだ。
「なんだ、てっきり恋人なのかと」
「「気持ち悪いこと言うなよ!?」」
が、俺の一言に、お互い全力で離れた。なーんだ、男同士で握手したりと距離が近いから、てっきりそういう仲なのかと思ったのに。
珍しく勘が働いたと思ったのに的が外れて妙に悔しく思っていると、それまで監獄陥落に騒いでいた声が、急に静まった。
何だ? と目を向けると、人々がこの広間へ繋がる廊下に視線を集めているのがわかった。
その廊下の先から、仮面を被った男が歩いてきていた。
この革命の指導者、ロベスピエールだ。
異世界の中心で愛を叫ぶ“獣” 相坂喜一 @tukeyakiba
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