第112話 突入

 走る俺は、先行していた革命軍に追いつくと、眼前に建つ塔を見据えた。

 このままこの一団と一緒に突入するのでは遅い。内部では既に戦いが始まっているのだ。


 だから跳んだ。

 人々の頭上を遙かに超え、見据えた円塔、その上部に達する。


 目標は、先程爆発の起きた部屋。

 吹き飛んだ窓は小さく、顔を乗り出せる程度の大きさしかない。なので、


「おうりゃああ!」


 跳躍の勢いを乗せ、回し蹴りを壁に叩きつけた。

 石造りの外壁を蹴破り、狭かった通り道を広げる。石は一抱えほどの大きさに砕け、ドゴオ「ぐえ」オン! と今度は外側から爆発が起きたかのような派手な音を立てて塔の中に雪崩れ込む。俺は一瞬、ふわりと滞空する感覚の後、散らばった瓦礫の上に着地した。


 中はそれなりに広い部屋だった。壁には本や書類の収まった頑丈そうな棚と数枚の絵画が並び、先の爆発で壊れたのか、足が折れ表面の少し焦げた机が床に転がっていた。どれも高級そうだ。


 そして、部屋の中程には、男が数人立っていた。あんぐりと口を開けたまま固まる彼らと目が合う。


「? あんた達誰?」

「……いや、誰って」

「……むしろ、こっちが聞きたいというか」


 うん、そりゃあそうか。


 立ち尽くす男達に、自分が何者で、今は一応革命軍に力を貸していることを説明する。

 それを聞くと、男達の体から幾許か強張りが抜け、唖然としながらも構えたままだった剣の先が少し垂れ下がった。一人は武器を持っていないが、手に集中させていた魔力を解いている。さっきの爆発は、この人が放った魔法によるものかな?

 この反応から察するに彼らも革命軍側、つまりはカミーユさんの言っていた、反乱を起こした囚人達なのだろう。


「で、とりあえず突っ込んできちゃったんだけど、ここどこ?」


 今度は俺の方が現状を知りたくて、室内を見渡しながら尋ねる。監獄と聞いていたが、この部屋は牢屋とかにしては立派すぎるように思う。


「えっと、ここはこの監獄の看守長の部屋で」

「俺たちは看守長を捕えるために、この部屋に突入して」

「今まさに、抵抗する看守長と交戦中だったんだけど」


 一人一人口を継いで、現状を教えてくれる。けど何だか、みなさん未だに呆けているのは何故?


「ふーん。その看守長ってのはどこに?」

「……えーと」

「……そこ」

「そこ?」


 男達が揃って、恐る恐るといった感じで指さした方を、視線で追う。

 指が指したのは俺の足元。俺が着地したままに踏みつけている外壁の瓦礫、その下に、地面に叩きつけられた蛙みたいに手足を大の字にして下敷きになっている男の姿が。


「うおう!? だ、大丈夫かおっさん!?」

「……いや、大丈夫かって」

「あんたが下敷きにしたんだろうが」


 慌てて飛び退く俺に、革命軍の面々がツッコミを入れる。し、仕方ねぇだろ! 気づかなかったんだから!


 急ぎ瓦礫の下から引っ張り出すが、目立った外傷はなさそうだ。ただ、頭でも打ったのは白目を剥いて気絶している。ま、まあ、脈もしっかりしているから大丈夫、かな……多分。


 慌てて突入してきたものだから周囲の気配への注意が疎かになっていたことを反省していると、革命軍の面々の奥から、一人の男が歩み出てきた。


「何事かと思ったら、お前がエガリテ公の寄越した協力者? まだガキじゃねぇか」


 なかなかにガタイのいい男だ。浅黒い肌に細かな傷跡の多く残る顔は、こちらをガキ呼ばわりする割に若く、二十台の前半くらいか。目つきは鋭いが威圧的ではなく、荒々しい快活さを感じさせる。


「あんたは?」

「俺はラファル。この監獄の囚人たちの、まぁ、まとめ役みたいなもんだ。あんたらのことは、外との連絡係から聞いている。エガリテ公が、あの精霊兵とその連れを仲間に引き込んだってな」

「ああ、まぁ」


 俺はサナのおまけかよ、と思うが、それだけサナは有名人ということだろう。……「あの」の部分が指す意味を詳しく聞いてみたい気もする。思わず笑っちゃいそう。


「けど、そのお前が単身で、しかもこんな乱暴なやり方で突入してきたのは解せねぇな。どういうつもりだ?」


 ラファルが鋭く俺を睨む。周囲の者達も、武器を構え直すまではしていないが、弛緩しかかっていた緊張を取り戻し、顔を強張らせている。

 俺達のことを聞いているというのは要するに、革命には関与しなくていいと騙して革命に巻き込むつもりで送り込むからよろしく、というやつだろう。


「うーん、もう一回言うのは何か気恥ずかしいんだけど」


 俺は、先刻革命軍の直中で表明した、俺がこの革命に参戦した理由を再び話した。その上で、この監獄内でも反乱が起きていると聞き、その犠牲者を失くすために飛び込んできたのだと伝えた。……これ、まさか聞いていない奴には毎回説明し直さなきゃあいけないのか?

 面倒臭さにげんなりしている俺の話を聞き終えたラファルは、何やら顎に手を当て考え込んでいた。


「……今の話、ロベスピエール様も承知した、と言っていたな?」

「ん? ああ。何故か面白いとか笑いながら、革命軍全軍に誰も殺さないよう伝えろって。あと、なんか最後に、感謝するとかってお礼言われたな」


 未だにあの反応や言葉の意味を計り切れていない俺は、首を傾げながらあの時のロベスピエールの姿を反芻する。


「……そう、か。ふふふ、そうか」


 すると、何故か今度はラファルが肩を震わせ出した。


「ふふっ、くくく、くははははは! そうか、そうかそうか!」


 始めは顔を項垂らせて漏らしていたものが、堪えられなくなったように、今は大口を開け、腹を押さえて笑い出す。突然の様子に、俺ばかりでなく、周りの囚人仲間も目をぱちくりさせている。

 な、なんだ? ロベスピエールだけでなく、こいつも何故笑う? 俺の言葉がそんなに滑稽なのか? そりゃあ無茶苦茶やってる自覚はあるけど、それでもこっちは真剣なんだぞ。


「あ~……いや、すまん。馬鹿にしたわけじゃあねぇんだ。ただ、こんなこともあるんだなと、可笑しくて、嬉しくてな」

「嬉しくて?」


 ようやく笑いが収まり目尻の涙を拭っているラファルが、これまたロベスピエールと同じく意味の掴みかねる発言をし、俺は訝しむ。


「ああ、そんな気にすんな。あれだ、俺らも本当は人死にが出ることは本意じゃあなかったから、望む所ってことさ!」


 そう言うと、ラファルは歯を大きく見せた力強い笑みを浮かべると、後ろに立つ仲間達に向き直った。


「よーし、聞いてたなてめぇら! こいつはあのロベスピエール様の命令でもある! 絶対に誰も殺すんじゃあねぇぞ! どれだけ憎くてもだ! たとえ尻穴掘られた恨みがあっても今は棚の上に上げとけって、全員に伝えろ!」


 最後の発言に幾人かが苦笑を浮かべながらも了解の意を叫び、部屋の外へ散っていった。他の場所で戦っている仲間へ伝えにいったのだろう。


「ただ、まあ」


 俺も後に付いて、監獄内から聞こえる他の戦場へ向かおうとラファルの脇を通り抜けようとした時、今しがたの号令より幾分控えめな声で呼び止められた。


「殺さないまでも、顔面を思いっ切り五、六発ぶん殴るくらいは許されるよな?」


 唇の端を持ち上げ、悪戯っぽくラファルは笑った。


「……せめて二、三発にまけてあげらんない?」


 一瞬の躊躇の後に返した俺の言葉に、仕方ねぇなあ、とラファルは目を細め、部屋を飛び出していった。

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