第111話 バスダット監獄へ

「こいつで、ラストぉぉーー!」


 跳躍し、伸ばした爪で最後のゴーレムを切り裂く。

 鋼鉄の体を輪切りにされたギア・ゴーレムは、切り口から崩れて地面に転がり落ちていく。

 その上半身を、俺は空中で身を捻って蹴り飛ばした。半身だけで見上げるほどの大きさの鉄の塊が、轟と空気を裂き、自身の背で守ろうとしていた鉄の扉に激突する。


 バスダット監獄の正門が、鋼鉄の巨体で押し潰され、拉げ、こじ開けられる。


 諸共に倒れる鉄の扉と巨人が地面を揺らしたのに遅れ俺も着地すると、背後の革命軍の人々が歓声を上げた。彼らの周囲には、既に俺やライルが倒したギア・ゴーレムの残骸が転がっている。

 行く手を遮る最後の障害が取り除かれ、人々が監獄内に踏み入ろうと勇んで駆けていく。


「うし、俺たちも行くか」


 自分たちも監獄に侵入しようと、数歩後ろに立っているライルに声を掛ける。


「……いや、ちょっと待て」


 けれど、ライルはその場で立ち止まり、監獄を見上げていた。腕を組み、珍しく難しい顔をしている。


「? どうしたよ?」

「なんつーか、妙だと思ってな。抵抗が少なすぎねぇか? この鉄のゴーレムが出てきたくらいで、他にこの監獄だか要塞だかから討って出てくる奴はいねぇし。籠城するにしても、矢やら魔法やらで攻撃してくるのが普通だろう?」


 言われてみればその通りだ。

 この監獄へ向かう俺たちを迎え撃とうと布陣こそしていたが、その後の増援がない。あれがこの施設にいた全兵力というには少ない気がする。よしんばそうだったとしても、この建物の天辺にはご立派な砲台も設置されているのに、それが動く気配もない。あれで砲撃されていたら、もう少し苦労させられていただろうに。

 まさか長年使っていなかったから動かなかったとか、と自分でもあり得なさそうと思う想像をしながら、円塔状の監獄を見上げる。


 その時だった。塔の上部にある窓の一つが、爆発で吹き飛んだ。


 破裂音と共に窓が枠ごと弾け、内部から炎がちらりと端を覗かせる。


「な、なんだあ!?」


 驚き、塔を仰いだままあんぐりと口を開いてしまう。ライルも身構え、周囲を警戒する。


「安心してください。これも計画通りです」


 答えをくれたのは、後ろから近づいてきた人物だった。

 カミーユさんだ。議会場で俺が外に出て以降会っていなかったが、彼も蜂起に参加していたようだ。


「我々が決起するのに合わせて、監獄の内部でも、囚われている同志が反乱を起こす手筈になっていたんです。あそこは看守たちの管理室の付近なので、中でも戦いが起きているのでしょう」


 爆発の起きた箇所を見つめたカミーユさんは、俺たちから数歩の所で足を止めると、おもむろに小さく頭を下げた。


「ロランさんから聞きました。我々が皆さんを革命に巻き込もうとしていたことを、皆さんに知られたと。その上で、ティグルさんの先程の宣告も。……ロランさんから聞いた時は、もうあなた方の力を当てにはできないだろうと思ったので、驚きました」


 はっきりとした口調ながら、どこか震える声で話すカミーユさん。

 肩に槍を担ぎ、唇をかすかに尖らせ苛立ちを滲ませるライルの横を過ぎ、俺はずんずんとカミーユさんに近づいた。


「騙し利用しようとしていたこと、申し訳ありませんでした。お怒りもあるでしょう。けれど……けれど、どうか! このまま、力をお貸し頂けないでしょうか!? 私には、私たちには、力が必要なんです! 全てが終わった後、私にできることは何でもしますから、どう」

「そんなことはどうでもいいって! 今の話本当か!?」


 頭を下げたまま、わけの分からんことを叫ぶカミーユさんの肩を掴み、その上体をがばっと押し起こす。


「……え? は? 今の話、って?」

「だーかーらー! 中で囚人の反乱が起きているって話だよ! つまり、中ではもう戦いが始まっているってことか!?」

「え、ええ。我々が襲撃するのと同時に内部でも蜂起し、内外から制圧する作戦ですから。おそらく既に、中に残っていた帝国兵と戦闘状態に」

「マっジかよ!? そういうことはもっと早く言えって! じゃあ、急がないと犠牲者が出ちゃうかもじゃんか! ったくもぉー、頼むから俺が行くまで誰も死ぬんじゃねぇぞー!」


 こうしちゃあおれんと、俺は急ぎ駆け出す。くそくそくそ、ここまで順調だからって油断してた!


「よかったな。あいつが、思った以上のバカで」

「…………ええ、本当に。本当に、よかったです」


 走り去った背後で、ライルとカミーユさんのそんな会話が聞こえてきた。ライルにバカ呼ばわりされるのは甚だ不本意だが、今はそんなことにかまけている場合じゃない。……後で覚えてろ、チクショウ。


 今はとにかく、目の前の問題を何とかせんと。

 ライルとカミーユさんを置き去りにして、先行していた革命軍に一人追いついた俺は、そのままバスダット監獄へ向かって走っていった。

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