第110話 サナVSリリー②
剣を構えるサナの頬に翡翠色の光が走った途端、急激に膨れ上がった魔力に、リリーは身構えた。
振り下ろされるサナの剣。空を切る刃に合わせて解き放たれたのは、業火の渦だ。視界を一杯に埋め尽くす炎が、横倒しになった竜巻のように口をこちらに剥いて迫ってくる。
リリーは舌打ちをして、背後の騎士達に「避けろッ!」と叫びつつ、横に大きく飛ぶ。
熱波の掠める身を捻って地面に足を着く。と、地面が割れた。石畳の隙間を割り広げ、土が隆起する。魔力で硬質化した土の槍を前に跳んで避けるが、今度は頭上から凝固した氷柱の弾丸が降り注いでくる。
聖気を纏わせた双剣で打ち払うが、迫る気配に即座に身を翻した。寸前まで自分の脇腹のあった位置を斬り上げたのは、シミターの刃だ。けれど、それで終わらない。刃には風が纏わされており、剣閃の先から鎌鼬が放たれる。それを体捌きで掻い潜り、サナに反撃の剣を振り下ろす。
サナは剣を振り抜いた姿勢。避けられない。肩から刃が食い込んだ。
そのはずだった。
「っ!?」
けれど、感触がない。一瞬の驚愕の後、切り裂いたはずのサナを見つめると、その姿が揺らいで霧散した。直後、横合いから振り下ろされてくる曲刃。ほぼ反射で、右の剣で防ごうと剣を打ち合わせる。
しかし、これも空を切った。正確には、交差するはずだったサナの刃がリリーの剣を素通りしたのだ。そして、別の角度から、数瞬遅れて、シミターの刃が飛んできた。
飛び退き、間一髪で攻撃を避ける。
そして、気づく。サナの姿が二つ見えていることに。
距離にして一、二歩だけのズレで、二人のサナが視界の中に共存している。まるで、一瞬過去の姿を切り抜いて、現実に張り付けたような、異様な光景。
――魔法で生んだ幻像か、厄介なッ。
二人に見えたのは一瞬だけで、今はもう一人の姿に戻っているが、リリーは正体を看破していた。つまりは蜃気楼のように、実体とわずかにズラして幻を作って見せこちらを惑わせているのだ。それだけなら大したことはないが、サナは陽炎の歩法と組み合わせ、さらには常時ではなく瞬間瞬間で不規則に行うことで、こちらの感覚を狂わせてくる。
「薄々感じてはいたけど、あなた、いい性格しているわね」
「あはは、ありがとうございます」
「褒めてない、わよ!」
言葉を交わしながら切り結び、鍔迫り合った剣を弾き、リリーが踏み込む。
サナの本領は剣と魔法を組み合わせた戦法。それならやはり、極力間合いを縮めて小細工できないよう攻め立てるまで!
再度後退したサナが、魔力を放つ。
接近するリリーの足元で凝固した魔力が、氷を生み出す。先刻と同じ、氷の槍だ。しかも、今度は三六〇度、リリーの周囲を完全に取り囲んでいる。
「同じ手を何度も」
リリーが双剣を振るう。氷柱を即座に薙ぎ払い、足を止めることなくサナに追い縋るつもりだった。
しかし、双剣が触れる寸前で、氷柱が形を変えた。
氷が融解し、水となって、双剣の軌道から逸れる。そして、頭上まで覆う水の檻となり、そのままこちらを溺死でもさせようとか、包囲を狭めてくる。
「だから、そんな手が!」
リリーが聖気を放出する。身を捻り振った双剣から放たれた聖なる力が、水を吹き飛ばす。
水で妨げられていた視界が開ける。
この隙に間合いを取っているかと思われたサナは、さほど距離を離してはいなかった。その代わり、膨大な魔力が、これまで感じたことのないほど凝縮された魔力が、彼女の掲げる剣に注がれていた。
「とっておき、行きますよーっ!」
彼女の首から頬に走る翡翠色の光跡が一層輝きを放ち、頭上高く掲げられた剣が振り降ろされる。
解き放たれたのは、魔法の嵐そのものだった。
業火が旋風と一体になり、中で雷光と凍気が渦巻き、舞い上がった礫が刃と化す。相反するはずの魔法が反発せず、互いを煽り、膨れ上がらせて、一つの嵐となってリリーへ一直線に襲いかかってくる。
回避は間に合わない。こんな巨大な魔法の塊、避けようがない。
だったら!
リリーは足を大きく開き、双剣を構える。聖気を最大まで高め、腕を交差させて振り上げた刃に宿す。
迫る魔力の嵐が、眼前を覆い尽くす。リリーの身に、破壊の渦が触れんとした寸前、
「
リリーが双剣を振り下ろした。
斜め十字の斬撃から聖気が放たれる。冠する名の通り、星々の煌めきを塗り潰すほど眩き聖気が嵐の如く荒れ狂い、こちらを飲み込もうとした魔力と激突する。
聖気の刃が炎と凍気を切り裂き、雷光と礫が聖気を散らす。二つの嵐が、互いを削り、食らい合う。
激突で砕け周囲へ飛び散った魔力と聖気の破片だけで、石畳を砕き、家々の壁にヒビを走らせた。遠間から見届けていた騎士達が、巻き添えを受けないように退避していく。
「くっ」
聖気を放出する双剣を支えながら、リリーは歯噛みした。
押し切れない。それどころか、じりじりと、こちらが圧されている。傍目には拮抗しているように見えるだろうが、このままではいずれこちらが押し切られ、飲み込まれてしまう。
このままでは、負ける。力及ばずに。
そう考えた途端、脳裏に過るものがあった。
昨夜、ライル達が帝城から脱出した後にアベルが口にした言葉。
計画の成功率は高くない、と彼は言った。その成功率を少しでも上げるために、この者達の力を推し量ったのだと。
リリーの力だけでは足りないのだと、他の者の力も当てにしなければならない、と。
そんなことは言われずともわかってはいた。自分の力不足は承知していた。
それでも、歯痒かった。自分の力だけでは彼を支え切ることができないことが。
彼が、自分以外の、こんなぽっと出の奴らを当てにしたことが。
悔しかったのだ。
リリーの意識が底に沈んだその一瞬、サナの魔法に含まれる石礫の一つが、星嵐剣を突き抜け飛来してきた。頬を掠め、鋭い痛みが走る。
「ッ、舐、めるなァアアアァアアア!」
一瞬、ギリ、と歯を軋ませたリリーが咆えた。
自身の体内の魔力、双剣の聖気を爆発させ、残らず剣から迸らせる。膨れ上がった聖気の放出が、しかし鋭く集束し、ヤケクソに振り抜かれる双剣の剣跡に倣って、迫る魔力の塊を十字に切り裂いた。
四つに切り裂かれた魔力は、均衡を崩しながらも、己だけで倒れるものかと渦を巻いて、聖気の刃を巻き込む。嵐を裂いた時点で力の大半を失った聖気は、飲み込まれ、竜巻を内から破らんとする。
制御を失った二つの力が混ざり、反発し合い、そして爆ぜた。
残っていた石畳を根こそぎ吹き飛ばし、ヒビの入っていた壁を完全に砕き、その瓦礫を彼方まで打ち上げる。できる限り距離を取ったはずの屈強な騎士達も、余りの衝撃に幾人かが地面を転がっていた。
その爆心地には、二人の影。
どちらも、蹈鞴を踏むように、いくらか後ずさった様子はあるが、健在。サナは、とっておきの一撃を防がれたことに少しの汗を流しながらも、不敵に笑い、その顔に走る翡翠の光跡を一層漲らせる。リリーは、先に掠めた礫で頬から流れる血の滴を、親指の先でぴっ、と弾き、今しがたの激昂が嘘のように静かな、かつ鋭い眼差しで双剣を構え直した。
二人の戦いは、まだ始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます