第5話 それでも魔女は毒を飲み、俺は飲まされる

 外はまだ雨が降っていた。

 この星の雨は止むことがない。

 唯一の工業であるレアメタル採掘に伴う公害だからだ。

「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」

 そう思うと、この古い和歌を合言葉にした青年頭首は何という壮大な皮肉を言ったものか。

 レイニー星に月を拝める夜はやってこない。

 青年頭首が政府をひっくり返す、そんな夢のような日が訪れない限り。

 俺は悩んでいた。

 あそこに情報を引き渡したことは正しかったんだろうか。

 あいつは恐らく理想の為に誰かを殺す。

 狂った理想の犠牲になった誰かを弔うために。

 その連鎖は正しいか。

 俺はそれに加担した。

 潔白を証明するために罪状を増やすことは、必要なのでしょうか。

 俺は何の為に生きているのだろう。

 尾を引きずるようにしてホテルに帰り、高セキュリティエリアで銀行口座を開く。

 足のつかない架空名義の取引を一巡してから振り込まれているのを確認した。

「メロー、帰った」

 自動開錠された扉を開け、部屋に戻るとかぐわしいハンバーガーの香りがする。

「おっふぁえり~」

「ああ汚ねえ。食いながら話すな」

 魔女は首にタオルを下げ――また風呂に入ったんだな、モニターと睨めっこしていた。

 片手に操作コム、片手にでっかいハンバーガー。

「はビアルのもあうよ」

「そりゃあどうも」

 魔女はこちらを一顧だにしない。

 俺はベッドの上に置かれた紙袋を取り上げ、中からまだ熱いハンバーガーを取り出した。

 ウララカバーガーのダブルチーズスペシャルセット、と袋の上にマジックペンで殴り書きしてある。

 がぶりと噛みつくと、パテからじゅうじゅうと肉汁が溢れてきた。

 おお、こいつは合成肉じゃなくって本物だ。

 素晴らしい食事じゃないか。

 いや待てよ。

「おいメロー。こいつを何処で買ってきた」

「え、ウララカバーガー宮橋店ですがなーにか?」

「おっ、ば、馬鹿。何でそこに行くんだよ。今日あそこで襲撃されたばっかだったろうが」

「完璧に変装したもーん。おかげでガビアルは肉食べれたでしょ? 何カ月ぶり?」

「いや一年二カ月ぶり……って、お前が横領に巻き込んだからだろうが!」

「ほほう、不毛な議論ですなッ」

「こここここここの」

 ん、とメローが身を乗り出した。

 俺はハンバーガーに齧りついたままモニター画面を注視する。

 掲示板に書き込まれた新たな依頼と報酬額。

「……メロー」

「めっちゃ分がいい」

「それはやめとけ。少なくとも俺はやらん」

「何で?」

 抵抗勢力たちレジスタンスに関する情報求む、と掲示板に書かれていた。

 もちろん、そんなあからさまには書いていないが、読むやつが読んだらすぐにわかる。

 報酬は破格で最高額は七百万ND。

「<三笠書房>の名前を教えたら満額回答じゃん?」

「嫌だね」

「にゃにゃんと、ガビアルは感化されちゃったのかな~? 困った困った」

 俺は、ふん、と鼻を鳴らした。

「そんなんじゃない」

「ふーん」

 魔女はモニター画面を切る。

 しばし二人で、わしわしとハンバーガーを無心に食べた。

 見かけに似合わず魔女は良く食べる。

 テンションを維持するためにカロリーをガンガン消費しているんだろうか。

 だったら飯抜きにして欲しい。

「あのなあ」

 俺は出し抜けにそう言った。

「お前、なんでこんな生き方するんだ」

「おやおやおや? ガビアル君は一体どうしたのかな~?」

 魔女はハンバーガーの包みをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱にシュート。

 見事に入らない。

 俺が拾って入れる。

「そもそも司書になる前からこんな滅茶苦茶だったのか?」

 口の周りを紙ナプキンで拭うと、牙に引っかかってびりびりに破けてしまった。

 そこを魔女が指さして笑う。

「うっるさい奴だな」

「あのねえガビアル君。言っときますけど私は生きるだけ生きてるだけよ~ん」

「何だって?」

「生きてる意味なんて後からついて来~る~の~よ~!」

 何故かオペラ調に歌い上げる魔女。

 今すぐ椅子ごとひっくり返したい。

「さ、ではガビアル君、撤収のお時間で御座いまっす」

 魔女はすくっと立ち上がり、

「タイムリミットは五分でっす」

 と意味不明なことをほざいて敬礼した。

 いよいよ頭が煮えたのかと思ったが、俺は今までこういう馬鹿臭いことを言った時(つまり常時)こそ、このゆるふわ魔女が本領を発揮するのを知っている。

 コートを羽織り、敬礼のままカウントダウンする阿呆を引きずって部屋を出た。

「あと三、二、一」

 廊下を歩いていると轟音が響き渡り、俺は爆風で吹き飛ばされる。

 ホテル中の警報が鳴り響いた。

「な、な」

 俺は背中の痛みと戦いながら、魔女に悪態を吐くべく酸素を求める。

 どうやら俺たちの部屋は爆発した。

 俺が目を剥いていると、魔女はこういった。

「ほら、警備会社の顧客リストとか欲しいじゃん?」

「馬鹿かお前」

「ほらほら旦那、もっと怪我人らしくお願いしますよ~」

「死にさらせ!」

 清濁併せ飲むという言葉があるが、この魔女は毒と毒とを併せ飲む。

 そして俺はいつも飲まされる側なのだった。

「知ってる? ここの警備会社って抵抗勢力たちレジスタンスのだーいじなセキュリティ情報をさあ、みーんな政府に渡してるんだよお。悪いよねえ。悪いねえ」

 俺は仕方なく、死んだふりをした。

 やがて足音が聞こえて、魔女はまた暗躍を始める。



(了)

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それでも魔女は毒を飲む 東洋 夏 @summer_east

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