第4話 銃口
ダウンタウンの片隅に、その店はある。
扁額に書かれた文字は魔女が嘘をついていなければ<三笠書房>。
俺はひとりで、そこの古めかしい自動扉を潜った。
中は古本屋だ。
骨董品のような紙の本まで並んでいて、俺は心躍る。
俺は本が好きだ。
それが災厄のもとだった気もするが、それでも好きだ。
そもそも俺と魔女は、惑星序列五・クイーンズスワローにて図書館司書だった。
<叡智の星>の別名を持つクイーンズスワローは、汎銀河系すべての知識の収蔵を目的として
湿度や温度の完璧なコントロール、精密なデジタルアーカイブ、蟻一匹通さない鉄壁のセキュリティを誇る、銀河系最高の図書館。
魔女は俺の後輩として赴任し、あっという間に館長のお気に入りの座に昇りつめた。
そして館長を手玉に取ってアーカイブの、つまるところ銀河の全知識へのアクセス権限を「横領」し、自分のインプラントに不正に挿入したのである。
で、俺はその魔女の手により「後輩司書を脅してアーカイブのセキュリティコードを取得させた」罪に問われている。
まったく俺はゆるふわあんぽんたんな緑髪の後輩のことなどハナから無視していたので、それはまったく寝耳に水だった。
しかし魔女の手引きにより俺に罪をなすりつけた館長がまだ「元」になっていないところを見ると、俺もゆるふわあんぽんたんから「あんぽんたん」の蔑称だけは差し引かざるを得ない。
魔女から、過去ギャング団に片足を突っ込み、銃撃戦をくぐり抜けた荒くれだったことを指摘されるに至って、完全に俺は首根っこをつかまれた。
そっちが明るみに出ても、傷害罪で俺はブタ箱に入ることになるからだった。
「いらっしゃいませ」
と、実体のある店員が俺に声をかける。
振り向くと、そこにあったのは青年頭首にそっくりな顔。
「来てくださると思ってました」
「試したのか」
「はい。知識の魔女さんの――」
俺は青年頭首の顔に銃口を突き付けた。
青年頭首はにこやかな顔を崩さないまま、
「信用されていませんか」
「金がこちらに渡るまではな」
「では奥へ」
銃を突きつけたまま、青年頭首の肩を握って反対を向かせた。
「歩け」
店内にはほかに人影はない。
青年頭首がエマージェンシーサインを発した場合は、即座に撃つつもりだった。
それくらいのことは相手も分かっているだろう。
「ガビアルさん」
相変わらず滑らかな汎銀河系共通語だ。
「あなたは何故、罪を重ねるのですか」
青年頭首は淡々と言葉を吐く。
俺はこの頭ふたつ小さい人間に、謎の気後れめいたものを感じていた。
「前提が間違っているな。俺に罪はない」
と、答える。
「潔白を証明するために罪状を増やすことは、必要なのでしょうか」
「あんたに何の関係がある」
「物事の因果は思いもよらぬところで繋がるものですから」
「俺はな、そういうインチキ宗教めいた文句は信じないことにしてるんだ」
突然、青年頭首は足を止めた。
俺は後頭部に銃口を押し当てる。
「――少数民族の潔白を示すために、人を殺すことは罪でしょうか。どう思います。あなたもまた、世界最高の叡智に触れた方でしょう。先人は何と言っていますか。僕は狂人なのでしょうか」
銃把を握る指が震えた。
こいつは素晴らしい理想主義者か、それとも――。
動揺を押し殺すために、俺は喉から声を絞り出す。
「喋るな。歩け」
青年頭首は、ふっと息を吐いて肩の力を抜いた。
それと同時に俺の後ろに殺気が膨れ上がる。
銃口を後ろに振り向け、もう片方の手で二丁目のハンドガンを抜いた。
ドレッドヘアの男が俺に向かって銃を構えている。
体のほとんどを機械化して、微かに顔だけに人間味が残っていた。
「取引はフェアにするものです」
と、青年頭首は言い、静かに手を上げる。
そこにはもちろん武器が握られていた。
「それはそうだな」
撃ち合いになった場合、勝ち目はない。
俺は歯噛みする。
機密性を保つために
「ガビアルさん、銃を下ろして。情報媒体は何処ですか?」
俺は口の奥で唸る。
「コートのポケットだ」
青年頭首の傷ひとつ無い滑らかな指が伸びて、俺のポケットから魔女のポーチを抜き取った。
それを機械化男に投げた瞬間、俺は青年頭首を組み倒し側頭部に銃口を押し当てる。
青年頭首は驚くべきことに悲鳴ひとつ発しなかった。
「中身を確認しろ。こいつから銃を離すのは、お前らがしっかりと金を振り込み、俺がこの店から出た後だ」
機械化男はまるですべて台本通りだというようにチップを抜き出し、腕のスロットルに挿入。
一秒もかからず、俺の閉じていたはずの
六百万ND。
「羽振りがいいことだな」
「あなたを不快にしました」
青年頭首は床に押し付けられたまま、さらりと言った。
俺が呆気に取られたその一瞬で機械化男は俺のすぐそばに移動。
冷やりとした金属の感触が俺の鱗を這う。
「取引は終わった。その方から銃を離せ」
「信用できない」
ち、と機械化男は舌打ちをした。
「殺すか?」
「駄目です」
再びの舌打ちと共に機械化男は銃を体に同化させて仕舞い、両手を上げる。
「ガビアルさん。僕の頭に銃を突きつけたまま、どうぞ出口まで」
「お前は狂っているんだな?」
俺が顔を覗き込むと、青年頭首はほとんど無感動に、
「そう言う人もいます」
と答えた。
「僕にとっては羨ましい生き方ですね、ガビアルさん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます