第3話 いーあーあー

「ガビアル、売れそう?」

 脳径接続ダイヴを切り、深いため息をついた俺の横に、いつの間にか緑髪の魔女が陣取っている。

 仰向けに寝そべってベッドに肘をつき、上目遣いで俺を見ていた。

 ひとによればこれは官能的なお誘いに見えるだろう。

 実際、魔女の「横領」のいくつかはベッドの中で成立したものだ。

「メロウ、読唇術は出来るか」

「出来るわけないじゃん。ただの可愛い元・事務員だよ?」

「ただの事務員は横領に手を染めねえのよ」

 敢えて俺が「可愛い」を抜いてやったのに気づいたのかどうか。

 魔女は唇を尖らせた。

「探知された可能性がある。最大手なんだがなあ」

「えー、いちばんお金くれそうなとこだよね」

「そう」

「それは困っちゃうにゃ~」

 魔女と会話しているとだんだん調子が狂って、頭が痛くなってくる。

 それがやつの恐ろしいところだ。

 俺の脳内インプラントには先ほどの会合が録画されている。

 その映像を解析すれば、青年頭首のAIが言わんとしたことがわかるはずだ。

 ただ、分かったところでどうするのか。

 それに解析は俺の脳内インプラントの手に余る。

 だからといって外部に漏らす悪手だけは打てない。

 と、迷っている俺の頭のジャックに、横から魔女の手が伸びる。

 その指先にはソケット。

「おい!」

 制止する間もなく、がつん、と殴られたような衝撃。

 あのゆるふわ野郎、いや女か、それはいいや、俺と自分を直接繋ぎやがったな!

 今度、俺が放り込まれた空間はマシュマロのような弾力のある床と、パステルカラーの壁に囲まれた、何もない部屋だった。

 魔女の部屋。

 ころりと床に転がった緑髪の魔女は、天井に投影される俺と青年頭首の映像を繰り返し再生してはけらけらと笑っている。

「馬鹿にしてんのか」

「してるう~! ガビアルめっちゃかっこつけてんじゃん! ぴえー!」

 魔女の目には涙が光っていた。

 笑い過ぎだ。

 俺はこいつを殺そうか殺すまいか真剣に悩む。

 しかし、屈辱的なことにこの魔女がいないと遅かれ早かれ俺は手詰まりなのだ。

「くそ」

 と俺は吐き捨てて、同じように寝そべる。

 天井ではちょうど青年頭首が音にならない声を発しているところだった。

「何て言ってるんだ」

「わっかんない~!」

「俺はお前をぼこぼこに殴ってやりたい」

「やだ、暴力反対! 警察呼ぼ!」

「お前が捕まる」

「そうだね!」

「突き出してもいいんだぞ」

「や~ん」

 俺は眉間の辺りを揉んだ。

 推定刑期三千年、というのがこの魔女の手配書には書いてある。

 推定刑期五千年、というのが俺の手配書には書いてある。

 俺の刑期の四千九百九十九年分はゆるふわ魔女にまんまと押し付けられた分だ。

「あのねえガビアル。これは人間の口だとi-a-aの母音だよ」

「で」

「そんだけ」

 俺は悩む。

 この小さなヒントを手繰って青年頭首の居所を探すか、諦めるか。

 諦めた場合は別の相手と交渉を持つ必要があるが、青年頭首より羽振りの良さそうな勢力はない。

 俺たちはここに金儲けのために来た。

 刑期を短くするためには、保釈金を払うという手がある。

 完全に帳消しするには一人頭五億NDが必要だ。

 魔女の首には一億NDがかかっているんで、俺は魔女を警察に突き出すと刑期を五分の一にすることが出来る。

 ただしその場合でも四千年はブタ箱で暮らさなければならないし、つまり生きてシャバに出るのは無理って話。

 で、俺が出来ることはひとつ。

 この魔女の「横領」の才能を頼りに闇から闇を渡り歩き、裏金をかき集めて保釈金にぶち込むことだ。

「いーあーあー」

 歌いながら、魔女はマシュマロ床を転がる。

 俺はそれを横目でにらんだ。

 転がるたびに床から書物が生えてくる。

 魔女は適当につまんでは放り投げ、つまんでは放り投げ、転がり続けた。

 俺は耐えきれなくなって立ち上がり、ぞんざいに扱われた本を丁寧に閉じて積み上げる。

「なーに、ガビアル」

「本を乱暴に扱うやつは嫌いだ」

「ほーん」

「いつか辞書の角でお前を殴る」

「ガビアルも乱暴に扱うんじゃん」

 俺は本を拾い続けた。

 脈絡のないタイトルが続いている。

由良門ゆらのと家の歴史』『ハンバーガーチェーンを成功させるには』『爆熱!ネイルコレクション三〇一八~辺境惑星にオシャレあり!』『改訂版・日本語』『ワニの飼い方』『気難しい彼氏を手なずける百の約束』。

 俺は要る本と要らない本に仕分けをし、

『遥かなるインドガビアル、クローン化への道』とか『爬虫類男子をオトす!必勝モテマニュアル』みたいのは脳径接続ダイヴに命じて強制削除させた。

「ちょっとお」

 魔女がぶうぶう言う。

「知識を削るのやめてよね」

「気色悪い本を出すからだ」

 俺は新たに投げ出された『惑星名鑑』を読み始めた。

 現在確認されている、人類が居住可能な惑星は百五十に達する。

 開発された順番に序列をつけると、レイニー星は百三十五番。

 かなりの辺境と言っていい。

 最初に俺たちがいた、今となっては遠い夢のような星は惑星序列五番だった。

 どこまで司法の網をかいくぐって逃げ続けることが出来るのだろうか。

「あった~!」

 魔女は万歳した。

「あった?」

「いーあーあー、の秘密だよーん」

 膝立ちでにじり寄ってきた魔女は、俺の前に日本語の本を広げた。

「読めん」

「でしょうねー。削ったおかえし。知識はねえ、一個減っただけで沢山のリンクがぶっ飛んじゃうもんなんだよ」

「へいへい、悪うございました」

 俺が言うと魔女は存在な口調で、

「よかろう!」

 とのたまった。

「では拝聴の姿勢を取るのだ、ガビアル君」

「何キャラだよ」

 ミミズのような線を指さして、魔女は言う。

「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」

「それが」

「いーあーあー、あったでしょ。みーかーさー、だよ。お分かり?」

「お分かりになりません。罠なのか?」

「さてそれこそ、お分かりなりませーん、ってやつよ。そこんとはガビアル先生の出番でしょ~」

 上目遣いで魔女は胸元を開く。

 俺は即座に、脳径接続ダイヴを切った。

 冗談は死ぬ間際まで取っとけよ。

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