・吉良上野介

 おのれ、おのれ愚か者どもめ。


 儂を逆恨みしようとは愚か。


 儂は正しい。儂が正しい。天下泰平の世において正しいのは儂だ、浅野でも討ち入りでもない。


 法度による支配に身を委ねるのが当然。それが正しい。討ち入る等罪以外の何だと言うのだ。


 法度が新しい正しさなのだ、武士である事も面目も忠義も正しさではない。


 武士も何れ消えて無くなり、皆唯の人間として生きる泰平が何百年か後に来る。


 何故正しい儂が討ち入られて逃げ隠れせねばならぬのだ。


 何故儂が殺されねばならぬ。


 お主らはそれが武士としての正しさだとでも言うつもりだろう。


 未だ世が変わった事に気づかぬ愚か者共はそれを称え、儂を悪党として芝居でも講談でもこさえるであろう。


 愚か者共め。


 こそが正しい。法度と令の元、あらゆる暴と殺生は絶対悪とされねばならぬのだ。


 どんな状況でも、先に殺し、先に力を振るった方が悪とされねばならんのだ。


 それが泰平を産み、泰平が栄えと富を生むからだ。


 その為ならば少しの屈辱や少しの逸れ者等何だと言うのだ。感情等圧殺してしかるべき、それが出来ぬ馬鹿共は悉く屠殺されねばならぬのだ。


 それが人の類がこれから先歩む世の理だ。


 愚か者どもめ。


 お主らがちやほやと持て囃される時は暫くは続くだろうが、何れ必ず廃れる時が、飽きられる時が、美談とされるものを茶化し突っ込みを入れ分析と称して切り刻み貶めねば気が済まぬ人間の本性がお前等を打倒する時が来る。


 わしこそが正しかったと評される日が必ず来る。


 お主らを題材とした講談だの芝居だのが一顧だにされぬ時が必ず来るのだ。


 力も刀もどんな時でも悪であり、法度に適応できぬものは以下の存在として排除されるのが正しい、そうされる時代がきっと来るのだ。


 下らぬ情を力で表す事が否定される、力も情も否定される世がきっと来るのだ。


 貴様らのような奴ばらは、踏みにじられる世がきっと来るのだ。


 芝居や講談等の情が無くなり、全ての民が一律に法度のみを心として、行く川の絶えぬ流れに従う水車のように淡々と回り続ける世がきっと来るのだ。


 覚えておれ!

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