・徳川綱吉

 嗚呼、昨日も忙しかった、明日も忙しいだろう、そして今日は死ぬ程忙しい赤穂事件当日


 良き統治は果ても際限も無い。一度でも失敗すれば良い統治では無くなってしまうのだからな。全く、人の口の際限のない事。この世は無間地獄か。


 飢饉に火事。災害はどうせこれからも続くだろう。無論、打てるだけの手は打っている。だが、将軍は神仏ではない。打てる手にも限度はある。


 だがそれでも、人知の限りを尽くしても、人は苦しみを全て上のせいにする。落ち度があろうとなかろうと、原因が災害や病であろうと、全て上のせいとするのだ。己の心を安んじる為に。


 その上、金に関する政策は実に難しい。金はまるで世を統べ祟る暴れ川の神の如くじゃ。人の欲望の総和なのだから、幕府の力でも及びはせぬ。その上、我が子は死ぬ。人の心は治まらぬ。ああ、嫌だ嫌だ。


 だが、将軍を辞める事は出来ぬ。将軍はあらゆる世の恨みを引き受ける恐ろしい役目じゃ。あらゆる不満が、将軍に収束する。


 こんな恐ろしい場所を人に投げ捨てる事など、それも恐ろしくて出来ぬ。この苦難、この呪詛、背負わねば世に溢れてしまうだろう。


 ……その上で更に厄介事を増やすでないわ、ええい、 刃傷沙汰じゃと!? 朝廷からの年賀返礼勅使が来てる、よりによってこんな時にか!? 幕府の権威が! 我が母桂昌院の叙任が! 掛かっておるというに! 何を考えてそんな事をこんな時に! 人の気苦労も知らずぅ!


 ああああああ、もう! 始末せよ! ええい、その、何とかいう奴等を!どっちもどうでも良いわ!


 ふん、どうせ、この件も将軍のせいになるのであろうよ! 軽々しい即断じゃと!軽々しく事件を起こした者共と関係ない者どもが言うのであろうよどうせ! 知らぬ! 構わぬ! 好きにせよ!


 日ノ本全体の事を考えれば、たかが大名二家等どうでもよい誤差に過ぎぬわ! 挿げ替えた代わりの大名がきちんと機能さえすれば、数万の民が飢饉で死ぬのでなければ、二人の生き死にとそれにまつわる何十人か何百人かの失職は、やむを得ぬわ。


 日ノ本に何人の民がおると思って居る。己等が天下一不幸だ等と思うではない。世に不幸の民は数多いる。出来る限り、身を削って減らしても尚数多いる。どう身を削っても無くなりはせぬ。


 そしてどう身を削っても、一人でも不幸の民がおる限り、将軍、あるいはそれに類する者は、必ず天魔の類と憎まれ罵られるのであろうよ!


 好きにせよ! 覚悟はしておるわ!

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