第9話 じゃあ太陽を射落とします

「いいか、あの”泥ガメ”の甲羅の中心にはコンバータ・ユニットが剥き出しになっている。上空からそこを狙うんだ、ファーンボロー少尉」

 無線機からギドではない、いい声が流れて来た。

「あうーっ、セイバー大佐!」

 気のせいかコックピットの空気まで浄化されたような気がする。


 するとすぐに通信が混線してきた。

「きーっ。ユーモさんだけ名前を憶えていただいているなんて、ずるいです」

「大佐っ、ミーティアです。ミーティア・シェブロンもよろしくなのですっ!!」

 スピーカーがハウリングを起こして指令が聞こえない。


「落ち着いて、クレアさん、ミーちゃん」

 これは、ちょっと後が怖いぞ。


「すみません大佐、最後の方がよく聞こえませんでしたぁ♡」

 決して意図した訳ではないが、精一杯可愛い声でマイクに呼び掛ける。

 すると、すぐに返事が返ってきた。

「ばーか。冷却のためにコンバータ・ユニットが外に出てるから、それを狙えっていうんだ」

 おや。大佐にしては汚い声だが。スピーカーの調子がわるいのかな?

 ごんごん、とスピーカーらしき所を叩く。


「うるせえ、耳が腐ってんのか、てめえ」

 やはりユーモの聞き間違いではなかったようだ。

「ちぇ、ギドか」

 どうにかして、こいつの声を遮断するフィルターを付けられないものか。ユーモは本気で思った。



 言われた通り、いちど四つん這いになってからペダルを踏み込む。

 03号機は軽々と上昇しはじめた。地面がみるみる遠ざかっていく。

「これ、すごいパワーだ」


 そこでユーモは気付いた。

「ねえ、ギド。これどうやって方向転換するの。真上にしか行かないんだけど」

「……え?」

「え、じゃないよ。なんで考えてないのよ! このばか整備士!」

「あほう。二重反転プロペラという存在はそれだけでロマンなんだよ。そんな事もわかんねえのか。だからてめえらとは、共に語るに足りねえっていうんだ」


 もうなにを言っているのか全然わからん。

 でもこれ、放って置いたら、ただそのまま真下に落ちるだけだと思うんだけど。弱ったぞ。一体どうすればいいのだろう。


 ☆


「あ、でもこれ見える。あれがコンバータなのかな」

 巨大戦車の背中は太陽光パネルが敷き詰められている。その中央部分にセイバー大佐の言う冷却フィンのついた機械が露出していた。

「見えたか。それを攻撃するんだ、ファーンボロー少尉」

「了解です、大佐」


 この位置からだったら、十分に機関砲の有効射程距離内だ。

「行けーっ!」

 ユーモは叫ぶ。03号機の左腕の機関砲が火を噴いた。


「きゃあーーーっ!」

 その途端、砲撃の反動で03号機は空中でバランスを崩した。もちろん姿勢制御装置みたいな高度なシステムは搭載されてなさそうだ。傾いたまま敵陣の真ん中まで流されていく。


 思わずアクセルを戻したせいで、03号機は急速に落下した。着地したのは別の巨大戦車の甲羅の上だった。胡坐をかいて座った格好になっている。

「おお、ちょうどコンバータの上だ」

 起き上がろうとするが、着地のショックでどこか駆動系が損傷したのかもしれない。両脚が上手く動かなかった。


「まあいいや。両手は動くし」

 ユーモは剣を取り外すと、大きく振りかぶった。

「せいやっ!」

 コンバータ・ユニットの冷却フィンに向け思い切り突き立てると、ブシューッと音をたて、油のようなものが噴き出した。

 本当に何かの生物みたいだ。血液っぽくてちょっと気持ち悪いが。


 コンバータの内部では電気配線がショートしているらしい。青白い光が何度も瞬いた。ほわほわっ、と白い煙が立ち昇ってくる。

 でも。

「意外と地味っ!」


 ☆


 アニメみたいに、戦車が大爆発するなんて事はなさそうだ。まあ、まだ自分が背中にのった状態で爆発されても困るのだが。

「さて、脱出しなくちゃ」

 ユーモはアクセルペダルを踏み込んだ。

 ばきばき、と背中で大きな音がした。03号機が座った状態だったせいで、プロペラが戦車の甲羅に接触したようだ。

「や、やばい」


「しまったー。……壊れたかな、プロペラ」

 慌てて上体を前に倒す。ともかく機動要塞に戻って修理してもらわなくては。まず、そっとペダルを踏みなおす。

 音からすると、ちゃんと回っているようだ。


「まずは、ちゃんと角度と方向を決めなくちゃね」

 味方の陣に向けて微妙に姿勢を変える。ふふっ、わたしだって学習するのだよ。ユーモはコックピットでひとりほくそ笑む。

「発進!」


 よろよろ、と03号機は浮上し始めた。でもどこか出力が弱い感じだ。

「あれれ、大丈夫かな」

 やはり一度ぶつけたからだろうか。何かが引っ掛かるような音がしている。やがて、どこからともなく焦げ臭い匂いまでしてきた。

「これは早く戻らないと危ないかも」

 ユーモは思い切りペダルを踏み込んだ。


「ぎやああああっ!」

 浮き上がった瞬間、03号機はすごい勢いで回転し始めた。プロペラじゃなく、本体が。

「これ、遠心分離機!? 誰か助けてえっ!」

 やはり2列あるプロペラがどちらか壊れていたらしい。一旦浮かび上がると、プロペラの回転トルクの反作用で本体側が逆回転を始めたのだった。


「ひえええええ」

 03号機は戦車の背から転げ落ち、ユーモは意識を失った。


 ☆


「まったく。手間ばかり掛けやがって」

 あきれ果てた表情でギドが腕組みしている。あちこち包帯と絆創膏だらけのユーモはベッドで口を尖らせた。

「ギドがあんな中途半端な装備を付けるからでしょ。死ぬかと思ったよ」

「お前が03号機にも特殊装備が欲しいとか言うからだろうが。いやー、やはり2重反転プロペラは格好いいぜ」

「せめて、パイロットの安全は考慮してよっ!」


「よかったです。ユーモさんが御無事で」

 クレアさんが涙ぐんでいる。やはりわたしの事を心配してくれているのはクレアさんだけなんだ。ユーモも涙を浮かべた。

「でも03号機がぐるぐる回ってるときに爆笑してたよね、クレアさん」

「しっ、ミーティアさん。それは内緒にしてくれるって言ったじゃないですか」


 ユーモが戦車を破壊したことにより、戦意を喪失したケーニヒグレーツ軍は停戦を申し入れて来た。

 停戦協定はまだ締結されていないが、太陽光エネルギー押売り条約の破棄がその条件となるのは間違いなかった。


「凄いよね、ユーモちゃん。入隊一年目でエースだよ」

 ミーティアが感心した表情でうなづく。どうやらユーモは功績に対し報奨金まで貰えるらしかった。

「はは、ほとんど偶然なんだけどね」


「でも、これで来年度の契約も間違いありませんね」

「は、どういう事ですか? クレアさん」

「知らなかったんですか。普通は一年で兵役は終わるんですけど、顕著な功績をあげた方はさらにもう一年、兵役を延長されるんですよ」


「あ、あの……」

「じゃあ、来年もよろしくお願いしますね。ユーモさん」

「そうだね。来年はあまり戦争がなきゃいいけどね」

 クレアとミーティアはユーモの肩を抱いた。




「え、えーと。……、ええっ!」

 ユーモは悲鳴をあげた。

 どうやらユーモの戦いはまだ終わらないらしい。



 終わり




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疾風のストレイ・キャット 杉浦ヒナタ @gallia-3

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