第8話 03号機はダイエットしたい

「ほらユーモちゃん。もう作戦始まっちゃうよ」

「ぶうー……」

 ミーティアに促されたユーモは、しぶしぶ03号機を格納庫から出した。


「追い風12m。戦闘には最適ですね。でも」

 そう言ってクレアは空を見上げた。それは雲一つない青空だった。

「ケーニヒグレーツの太陽光戦車部隊にとっても、文句のつけようがない戦争日和なのが残念ですけれど」

「天気予報では一か月先まで晴れらしいですよ、この地方」

 はあ、とクレアは息をついた。やはり太陽光兵器が発達するからには、それなりの立地条件があるのだ。敵部隊後方の大地には太陽光パネルが敷き詰められ、ギラギラと眩しい光を反射していた。


 前線ではすでに歩兵部隊同士の戦闘が始まっていた。

「わたくしたちも行きましょう」

「いっぱい戦ったら痩せるかもしれないよ、ユーモちゃん」

 くすくす笑いながらミーティアが言う。

「そんな訳ないでしょ。だって機械なんだよ、03号機って」

 気休めにもならないよぅ、ユーモはぼやいた。


『だから、てめえはバカだって言ってんだ!』

 コックピットの無線機から罵声が聞こえて来た。整備士のギドの声だ。

「なによギド。わたしのどこがバカなのよ」


『へっへ、よく訊いてくれた。実は03号機の両脇に装着しているのは可変容量型蓄電ユニットだ。つまり化学反応を終えたセルは折りたたんで内部に収納していくタイプなんだぜ』

「だから何よ」

『つまりだな、電力を消費すれば、そのユニットは徐々に収縮していくってこった』

 おお、とユーモの顔が輝いた。

「という事は、痩せるのね!」


『胴体にあまりデカいものが付いてると、発電翼面の通過風量が減少するからな。おれが特殊素材を組み合わせて、この折りたっ……」

 ぶつっとユーモは無線を切った。もうこれ以上聞く必要はない。

 よーし、と03号機はその場で体操を始めた。


「てめえ、電力を無駄遣いしようとするな、このバカ!」

 後方から拡声器で叫ぶギドの声が聞こえた。


 ☆


 ケーニヒグレーツの巨大戦車部隊は、他を圧倒する威容を最前線に現した。

「全部で6台。だけど、大きい」

 ミーティアは、ぽかんと口を開けた。全長30m程もありそうだ。

「いいですか、決して敵主砲の射線上に入らないで下さい。あの主砲は固定式なので、それさえ注意すれば大丈夫ですから」


 1台につき6門ある主砲は、旋回する砲塔は持たず、車両部から直接周囲6方向に向けて取り付けられているのだ。上から見ればまさに亀の首と手足それに尻尾という位置関係になる。

 ただしその撃ちだす炸裂弾は、直撃ではなく至近距離に着弾しただけで相当の破壊力を持つ。決して油断はできない。


鋼騎兵部隊メタル・トルーパーズは敵戦車群を攻撃、破壊しろ。地上部隊と協調して中央突破だ、遅れるな!』

 セイバー大佐の指示が入る。ユーモは嫌な予感がした。

「あーん大佐。無線を通したお声も素敵でいらっしゃいますぅ♡」

「もっと、もっとあたしを叱ってっ!」

 やはりクレアさんとミーちゃんの戦闘力が急低下した。


「じゃあ、真ん中の奴から攻撃しますよ」

 ユーモは、まだ夢見心地の二人に声をかける。

「ああ、そうでしたね。では主砲の下にある駆動部を狙いましょう」

 さすがに冷静さを取り戻すとクレアの指示は的確だ。

 三機の一斉射撃でクローラー部を破壊し、一台を行動不能にする。


「では、次は右側の車両を攻撃します」

「あ、何か出てきたよ」

 ミーティアが声をあげた。戦車部隊の後方に大きな扇風機のようなものを積載した電動トレーラーが何台も進んできた。


「暑いから風を送って涼むつもりかな、ユーモちゃん」

「そうだね。戦争とはいっても熱中症になったら大変だものね」

 なるほど、職場環境に配慮しているんだ、ケーニヒグレーツ軍って。そう考えると、キジルバーシュ軍はまだまだブラックだな。


「何をのどかな事を言っているんですか。……まさかあれは」


 横一列に並んだ大型扇風機が一斉に回りはじめた。

「あー、涼しくなっ……てないよ。どうして?」

「しまった。やはりそういう事でしたか」

「どうしたんですか、クレアさん」


 クレアの01号機は02号機を指差した。その背中の風車は止まっている。

「自然の風を、あれで打ち消したんです」


 パネルに表示されるバッテリー残量が見る見る減っていった。


 ☆


 全くの無風となった戦場。

 何とか二台目を破壊したところで01号機と02号機のバッテリーが尽きた。


「クレア・バートル、ミーティア・シェブロンの両機、バッテリー残量なし。戦闘不能! 非常用バッテリーを使用して帰投します」

『了解した。03号機、ユーモ・ファーンボロー援護しろ』

『ちょっと待て!!』

 ギドの声が無線に割り込んできた。


『おい、貧乳ユーモ。今こそ新兵器を使う時だ。電力系統を、新設したBチャンネルに切り替えろ』

 まだ何だか呼び方が引っ掛かるが。でも、これかな? ユーモは新しく取り付けたっぽいレバーを前に倒した。


「おおバッテリーが回復した」

 03号機のぜい肉は、ただのぜい肉ではなかったという事のようだ。


『よし、二重反転プロペラ起動だ!』

 なにそれ。事前になにも聞いてないんだけど。コクピットを見回すと足元にアクセルペダルのようなものがあった。多分これに違いない。

「えい」

 思い切り踏み込む。

 背後で盛大な唸り音がし始めた。プロペラが勢いよく回り始めたのだ。


「ひやーーーーっ」

 回転するプロペラに引きずられるように03号機は真っすぐ後退していった。

「やだー、止めて止めて。誰かっ!」

 そうだ、アクセルを離せばいいんだ。やっと03号機は止まった。


『あははは、ばーか。直立したままじゃそうなるに決まってるだろ。機体を下に向けて発電翼を地面と平行にするんだ』

 四つん這いみたいな格好になる必要があったらしい。

「最初に言え、性格悪いな」

 え、じゃあこれ。もしかして。


 03号機って、翔べるの?!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る