【12】
「よしっ」
思わず叫んでしまった。アゴヒゲ山本が、自慢のあごひげを引っ張りながら苦笑している。
苦節三週間、ようやく将棋で勝つことができたのだ。二枚落ちだけど。
「いやあ、笹子ちゃん強くなったね」
ロレックス進藤に褒められる。悪い気はしない。伊達眼鏡斉藤も満足そうに小さく頷きながらモスコミュールを飲んでいる。
「しかしお前が将棋にはまるとはなあ」
父はいまだに信じられないらしく「まさか」を繰り返す。確かに子供の頃からそういうものには全く触れてこなかったし、自分でも驚いているのだ。
「まあ、目標は優勝だし!」
「え」
「えっ」
「はあ?」
三人の声と、伊達眼鏡の視線が私の方に集中した。言葉が足りなかった。
「E級のね」
「びっくりしたあ。それなら頑張ればなんとかなるよ」
そう、何とかなる。今の私の目標は、実はもう一つある。
おいしいコーヒーを淹れること。
あの日以来池永さんは再び毎日来るようになり、相変わらずコーヒーばかり頼む。もう、無理に紅茶を飲んでもらうのはあれきりでいいと思った。よりいいコーヒーを提供するのが、婚約へのお祝い。
「よし、今度は飛車落ちでやってみようか」
「え、それはちょっときつい……」
「大丈夫、おじさん酔ってるから」
すでにアゴヒゲ山本は駒を並べ始めている。将棋好きは負けず嫌いでもあるらしい。その点は私に向いていると言える。
「じゃあ、お願いします」
私は、決戦に備えてカップのコーヒーに口を付けた。今のところ、相変わらずまずいコーヒーを、心地よく飲み干した。
明日こそジンジャーティー 清水らくは @shimizurakuha
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