第7話 雨宮さんside
私、雨宮雫は、あまり自分のことが好きではない。
はっきりと自己主張できない気弱で内気な性格も、パッとしない地味な容姿も、全部。
特に容姿に対する自信のなさは酷い。
もともと、シングルマザーで家計を支える母に代わって、弟と妹の面倒を見たり家事をしたりと忙しく、昔から見た目に関しては怠けて気を使ってこなかった。
加えて……中学時代にトラウマになる出来事もあり、私は自分の顔がすごく嫌いになってしまった。
高校生になってもそれは治らず、長い前髪と眼鏡で顔を隠し、うつむいて一人で過ごす毎日。
本当はそこまで視力は悪くないんだけど、眼鏡を取って見る世界も怖かった。いつもなにかに怯えて生きているなあって感じる。
ーーそんな自分を変えたいのに、変われない自分も嫌いだった。
「雨宮さん、ごめんね。私これから、彼氏と放課後デートの予定でさ。日直なんてしていたら遅れちゃうの! 悪いんだけど、代わりにやってくれないかな?」
「う、うん……いいよ」
私もこの後、スーパーのタイムセールがあって行きたかったんだけど……頼まれたら断り辛く、今日もまた仕事を引き受けてしまった。
茜色に染まり始めた教室。
ありがとうー! と去っていくクラスメイトの女の子を、虚しい気持ちで見送る。
卵の安売りは諦めなきゃな……。
落ち込んでいても仕方ないので、日直の仕事である集めたプリントのチェックを始める。窓際の席で寂しくひっそりと。
知らぬ間に教室内は男子だけになっていたけど、影の薄い私は存在すら誰にも気付かれていなかった。
男子たちは黒板の前に集まって、『この学校の女子で誰が一番可愛いと思うか』なんて話題で盛り上がっている。
私には遠い話だなあ。
ああ、でも。
チラッと、廊下側の席に座る、とある男の子に視線を送る。
晴間くんは……どんな女の子のことを『可愛い』って思うんだろう。
クラスメイトの晴間光輝くんは、ちょっと不思議な人だ。
私と同じで、決してクラスで目立つタイプではないけど、イケメンと評判で人気者な和泉御影くんと一番仲がいい。
キラキラした人の隣にいると、私みたいな地味なヤツは、普通ならもっと霞んで地味に見えちゃうものだけど、和泉くんと並ぶ晴間くんは別にそんなことはない。なんだったら、時々晴間くんの方がキラキラして見えるから、やっぱり不思議。
そんな彼は、何故か私をよく気にかけてくれていて……たぶん、私の引き受けた仕事をこっそり手伝ってくれている。
最初はわからなかったけど、薄々「そうかな?」って。
優しい人、なんだと思う。
出来ればお礼を言いたいんだけど、本人は手伝っていることを私には隠したいみたいだから、私も知らないフリをする。
でもいつか、ちゃんと晴間くんに恩返しはしないと。
それで、その……仲良くなれたら嬉しいな、うん。晴間くんとたくさん話をしてみたい。
そんなふうに思っていた矢先だ。
「はい、プリントこれで全部だよな」
「あ、ありがとう……」
私がドジッて転んでバラまいたプリントを、晴間くんたちに拾ってもらってしまった。恩返しするつもりが、また迷惑をかけたことに自己嫌悪に陥る。
うう、穴があったら入りたいよ……。
和泉くんが日直の手伝いを申し出てくれたけど、申し訳なくて辞退した。晴間くんの反応が気になってつい見ちゃったけど、変に思われていないといいな。
それからプリントを職員室に届けて、私は旧校舎の掃除を始めた。
その途中で大変なことに気付く。
「定期入れがない……!」
ウソ、どうしよう。
スカートのポケットに入れておいたはずなのに、いくらあさっても見つからない。慌てて記憶を辿れば、心当たりがひとつ。
きっと転んでプリントをバラまいたときに落としちゃったんだ。
もちろん、定期を失くしても困るけど、あれには私のお守り代わりの写真も入っている。
一刻も早く探したくて、掃除を中断して走って教室に戻った。
「あっ!」
ピンクの定期入れは誰かが拾っておいてくれたのか、教室の私の机の上にポツンと置かれていた。
「よかった……あった」
ぎゅっと定期入れを胸に抱く。
今度から落とさないように気を付けなくちゃ……と自省していたら、ふと黒板が目についた。
「あれ……黒板が綺麗になってる……もしかして、また……? やっぱり、これをやってくれたのって……」
晴間くん、かな?
そうだとしたら、ごめんなさいだけど嬉しい。
晴間くんは本当に優しくて不思議な人。
こんなこと誰にも言えないけど、彼はほんのちょっぴり……hikariさんに似ているなと思う。
晴間くんは男の子なのに、世界一可愛い美少女のhikariさんに似ているなんておかしいよね。自分でもおかしいってわかっている。
でもなんだろう。雰囲気かな?
似ているの。
hikariさんは私の憧れだ。
そうなりたいなんて、身の程知らずもいいところだけど、堂々と自信にあふれて笑う写真の中の彼女に、私は一目見た時から強い羨望を抱いた。
昔読んだ絵本の中のお姫様よりも、何倍も何倍も輝いている人。
気付けばすっかり私は彼女の虜になっていた。
お金はないから、なかなか関連雑誌や彼女の着ていたものと同じ服なんて買えないけど、少しでも追いかけられそうなものは追いかけた。
現に、hikariさんが世に出るきっかけになったひまわり畑の写真は、わざわざWEBサイトに掲載されていたものをプリントアウトして、定期入れにお守りとして入れている。辛い時に見ると元気をもらえるんだ。
「あ、そ、そうだ! 中身! 中身を確かめなきゃ……!」
そこで私は、肝心な定期入れの中身を確認していないことを思い出した。開いてみて「……うん、大丈夫」と胸を撫で下ろす。
眩しいhikariさんの笑顔を指先でそっとなぞる。
どこからどう見ても完璧な女の子なのに、やっぱり重なるのは、いつも教室で眠そうにしている晴間くんの姿だ。
ここ最近、私は彼のことをずっと隠れてこっそり見ている。
だから、hikariさんと重なって見えるのかな?
私はhikariさんの写真を前に、自分の口角が緩むのを自覚しながら呟いた。
「晴間くん」
こんな私だけど、いつかあなたに、『可愛い』って思ってもらえる女の子になりたいな。
そうしたら、きっと仲良くなれるのに。
まだまだ夢物語、だけど。
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