第5話 相方候補は見つからない。
「じゃあな、光輝。また明日な」
「おう、またな。彼女ちゃんと仲良くしろよー」
「任せとけ」
惚気と共に御影が出ていけば、気付くと残っているのは俺ひとり。
静かになった教室内で、俺は「よし」と気合いを入れてカットシャツの袖を捲り上げた。
窓からは夕陽が差し込んで、机や椅子をじんわりとオレンジ色に染め上げている。
季節は六月の上旬。
梅雨入りはまだしておらず天気は連日快晴で、気温もちょうどよく、腕を晒しても特に寒さは感じない。こうしないと、チョークで袖が汚れるからな。
「まずは黒板を綺麗にするとこからか」
急がなくては、雨宮さんが戻ってきてしまう。
黒板消しを手に取って、俺は端から黒板に書かれた数式を跡形もなく消していく。
……こうして、雨宮さんの押し付けられた仕事を、本人にも誰にもバレないように手伝うようになったのは、一ヶ月ほど前くらいからだ。
日直以外でも、あらゆる場面で裏から手伝っている。
深い意味などはこれといってない。
始めたきっかけも「こっそりなら手を貸せそうだな」と思ったからで、言ってしまえばただの自己満足。
俺は別にお人好しキャラでも世話焼きキャラでもないが、損な役回りばかり引き受けてしまう雨宮さんを、なんとなく放っておけなかったのである。
なお、この行為においてもっとも重要なポイントは、けっして『本人にバレない』こと。
雨宮さんが恐縮しないようにというのもあるが、なによりバレたら恥ずかしいだろう、こういうの。
御影にだって隠れてこそこそやっているのに、本人にバレてしまったら、下手すれば『頼んでもいないのにキモい』と思われる可能性だってある。俺が雨宮さんだったらちょっと思う。
だからやるときは慎重に、だ。
幸いにして今のところバレている様子はない。
雨宮さんは、ルーティンはきっちり守る質のようで、必ず日直時は旧校舎の掃除を終了させてから教室の方に取り掛かる。職員室から旧校舎へつながる渡り廊下は近いし、今頃はプリントを届け終わってあちらの掃除をしているはず。
本当は掃除の方を手伝いたいが、隠れてやるにはその他雑務の方がやりやすい。
彼女が戻ってくる前に、黒板消しと戸締り、あとは花瓶の水替えまで出来たら上々だ。
「綺麗になった黒板を見て、雨宮さんは妖精の仕業くらいに考えてくれたら……いや、妖精はキツイか」
hikariなら妖精って例えも似合うんだが。
天使はよく言われるけど、妖精もけっこう言われる。現代のフェアリーとかな。素の俺だと学校の地縛霊くらいが妥当か……。
まあ非現実的な思考は置いといて、実際は通りすがりの教師とか、放課後は見回りをしている風紀委員が気まぐれにやったとか、そのへんの認識だろう。
少なくとも、地味な同級生の俺がやったとは思わないはず。
それでいいのだ。
「……っと、なんだ、この忙しいときに」
スラックスに突っ込んだスマホが震えている。
確認すれば従姉妹の姉さんこと、
『hikariの相方候補、今のところ候補者なし。
そろそろ決めたいよー!
コウちゃんの学校にイイ子いない?
タイプはこの際問わないから可愛い子!
いたら紹介して! 勧誘して! 女装バレしても大丈夫そうな相手ならなおよし!
あと出張のお土産でコウちゃんの大好きなどら焼きを買ってきました。
今度届けるね。
御影くんにもよろしく』
最後にはウィンクしている顔文字つき。
ツッコミどころは多々あるが、まず俺は別にどら焼き好きでもなんでもない。嫌いでもないけど。
一度食べているところを見ただけで、美空姉さんはなぜか俺が極度のどら焼き好きだと信じているので、お土産はいつもどら焼きオンリーだ。そろそろ訂正して別のものが食べたい今日この頃。
とりあえず、それは御影と分けることにして。
本題に関してだが……。
「hikariの相方候補なあ」
今でもご用命があれば、姉さんのブランドの専属モデルとしてちょいちょい活動を続けている俺だが、hikariが写真に映るときは必ず一人だ。
それは一重に、俺と並べる可愛い子がいないから。
hikariの輝きと存在感が強すぎるんだ……とは、お抱えカメラマンの
しかし美空姉さんとしては、同じ服の色違いを着せたり、双子コーデとかシミラールックをさせたり、単純に女の子同士が絡んだりする写真も撮りたいらしい。片方男だが。
確かにそれは、hikariの新たな魅力発信にも有効な手だろう。
「うちの学校から候補を出すなら三大美女……でもこう、なんか違うんだよなあ。女装バレしていいってのもムズい……まず俺の学校から候補を出そうとするあたり、姉さんがまた切羽詰まってきてんな……」
ブツブツと独り言をこぼしながらも手を動かし、黒板が綺麗になったところでパンパンと手を払う。
というか、あれだな。
hikariの相方になるってことは、つまり世界で二番目に可愛いってことだろう?
まさか俺と同率一位の可愛さを求めている……?
そんなの無理ゲーじゃね?
そう悟って、俺はこれについては考えるのを早々に諦めた。
姉さんへの返信は後回しにさせてもらったが、本題は適当に流してどら焼きのお礼だけ返しておこう。そして今度こそどら焼き好きを否定しよう。
「よっしゃ、次は花瓶の水替えだな……ん?」
戸締まり確認は最後にして、教卓に置かれた透明な花瓶を手にしようとしたところ、ちょうど俺の机の足元付近に、なにかが落ちているのを発見する。
なんか落としたっけか?
心当たりがなく、首を傾げて拾いにいったが、それは淡いピンクの定期入れで俺の物ではなかった。
女性向けっぽいし……もしや、さっきここで転んだ雨宮さんの?
中身を勝手に見るのは気が引けるが、持ち主がわかる情報があると助かる。
「ちょっとだけ失礼しますよ……」
誰ともなくそう告げて、二つ折りの手帳型になっている定期入れを開く。左右にカードサイズの物を入れられるようで、片方は普通に定期、もう片方には何者かが笑いかけてくる写真があったわけだが……。
「ーー俺じゃん」
『何者』ではない。
そこにいたのは見間違いようもなく俺だった。
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