第2話 一番可愛いのは、俺。

「なあなあ。お前らはさ、この学校の女子で誰が一番可愛いと思う? ナンバーワンを決めようぜ!」


 放課後の二年A組の教室に、そんなあけすけな提案が堂々と響く。


 女子がすでに全員帰宅してしまい、男子しかいないのをいいことに、クラス一のお調子者が脈絡もなく言い出したようだ。

 残っていた男子勢の大半は「なんだなんだ」「面白そうだな」とすぐに乗り気になり、黒板の前に集まってわーわーと騒ぎ出す。


「三年の嵐ヶ丘あらしがおか先輩とかいいよな、清楚でおしとやかでみんなのお姉さん! って感じで」

「俺は一年の雲雀ひばりちゃんかなー。知的でクールな氷の美少女。無愛想で毒舌なとこもアリよりのアリ」

「うちのクラスの雷架らいかもレベル高いぜ? 健康的なアイドル系でさ。ちょっとアホなとこも可愛いよな」


 盛り上がる男子たちの様子を、俺は廊下側の後ろの席でぼんやりと見つめている。

 飛び出す名前は、八割がたうちの学校の『三大美少女』だ。彼女らは他高生からも人気があって、三者三様に魅力的だとは思う。



 だが俺にはどうしても、素直に彼女たちを『可愛い』と評価できない理由があった。



 その理由は俺の目下一番の悩みにも直結する。

 だからこういう話題が始まると、俺は自然と逃げの態勢に入ってしまう。


「あーあ、またアイツ等くだらない話してるよ。女子たちにバレたら面倒なことになるのに。な、光輝こうき

「おー」


 小学校からの幼馴染みであり親友の和泉御影いずみみかげが、ふわふわの天パ頭を揺らして俺の席にやってきた。童話に出てくる王子様っぽいイケメン顔はやれやれと呆れを浮かべている。


「光輝はこういう話題、苦手ってか避けたいだろう? 巻き込まれる前にさっさと帰ろうぜ」


 気心の知れた御影は、俺の悩みも事情も把握した上でそう促してくれた。

 その気遣いをありがたく受け取り、俺は帰り支度を始めたわけだが……。


「まあ確かにその三人は文句なしに可愛いし、ぶっちゃけ彼女になって欲しいけどさ。俺のタイプってhikariなんだよな」

「ばっか、この学校の女子って言ってんだろ」

「hikariは規格外だろう、全男子のタイプだわあんなの」


 聞こえてきた『hikari』という単語に、俺は動かしていた手をピタリと止めた。

 御影は「あちゃあ」という顔をしている。


 hikariといば、女性向けファッションブランド『キャンディインザキャンディ』こと『アメアメ』の専属モデル。

『世界一可愛い』と謳われ、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。ついでに笑えばそれらの花が同時に乱れ咲く。いまや老若男女から支持を集めるスーパー美少女だ。



 そんなhikariの正体は……なにを隠そうこの俺、晴間光輝はれまこうきである。



「は? なに地味男がバカなこと言ってんだ、hikariちゃんを貶すんじゃねえコラしばくぞ」

 ……と、過激なファンからお怒りを頂くこと不可避だが、残念ながら嘘でもなんでもなく純然たる事実だ。いや誠に残念ながら。



 これには深いようで深くない訳があり、話は幼少期まで遡る。


 実は『キャンディインザキャンディ』は、俺の従姉妹の姉さんが立ち上げたブランドであり、俺は幼い頃によく遊びで彼女に女装させられていた。

 手作りのキラキラした女物の服を着せられ、メイクまで施されていたのだ。


 なんでも従姉妹の姉さんいわく


「コウちゃんみたいな特徴のない地味なお顔って、化粧ひとつで文字通りめちゃくちゃ化けるのよねえ。まさに化粧映えする顔ってやつ? 地肌はキレイだし、素材はいいのよ。男の子にしては小柄な方だから、女の子の格好もバッチリ似合っちゃうし。あー、コウちゃん可愛いわ! 世界一!」


 だ、そうだ。


 いま思えば軽くディスられている気もするが、忙しい俺の両親に代わっていっぱい面倒を見てくれた姉さんに、幼い俺はかなり懐いていた。彼女が楽しそうならそれでいいかと思っていたのだ。


 このときは姉さんとせいぜい両親に面白がって見せるくらいで、誰に広がることもなかったし。俺も褒められてわりと楽しんでいたし。


 だがそんな女装も、中学にあがるくらいには一度スッパリ卒業した。

 姉さんも俺に強要したいわけでは決してなく、俺だって思春期に突入して、それまでは特に抱いてもいなかった羞恥心が芽生えまして……。


 しばらくは女装の『じょ』の字もない普通の生活を送っていた。



 その生活に変革が訪れたのは、家でのほほんと過ごしていた中二のとある休日。

 三時のおやつのどら焼きを食べていたときだ。



「コウちゃんどうしようー!? 新しい夏物ワンピースのモデルが決まらないの! イメージに合う子が誰もいなくて! もう決めないとヤバいのに! ぜんぜん! まったく! 決まら! ない! の! 詰んだ終わった死んだピャー!」


 部屋に押し入ってきた姉さんは、美人が台無しの鬼気迫る顔で謎の悲鳴を上げて発狂した。

 もとより姉さんは、仕事で煮詰まるとわざわざ俺のとこにきて発狂する癖がある。中でもこれは相当ヤバいレベルだった。


 今年の夏、売れ筋間違いなしの新作ワンピース。

 『アメアメ』が自信を持ってお送りする一品。


 それを着るのにふさわしいモデルがいないというのは、姉さんにとっては死活問題だ。


 話題の人気モデルもタレントも、知名度抜群の女優もピンとこない。いっそ素人狙いで街角スカウトにも乗り出したが収穫なしだったという。

 こういうとき一切の妥協を許さないところが、根っからのアーティスト気質な姉さんらしかった。


「今回のワンピースはね、究極の可愛さを求めて生み出した自信作なの。我がブランドの顔ともいえるくらいの、世界一の可愛さを目指したの。だから着るモデルもね、世界一可愛いって呼べるくらいの女の子じゃないと……!?」


 そこで姉さんの瞳が、ハッとなにかに気付いたように俺を捉えた。


 「いや俺、女の子じゃありませんけど」という至極まっとうなツッコミは、かじっていたどら焼きのあんこのせいで口から出なかった。


 ちなみにその時の俺は、よれよれのTシャツにハーフパンツ、片手にかじりかけのどら焼き、床の上であぐらをかいた『どこにでもいるだらしない普通の男子中学生』そのものなわけだが。

 切羽詰まった姉さんの目には、かつての女装した『とびっきり可愛い俺』が映っていたらしい。



「ねえ、コウちゃん……よかったらなんだけど。ものは試しにそのワンピース、ちょっと着てみない?」


 

 ……そして俺は、姉さんのお願いにはとことん弱かった。

  

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