第4話 クラスメイトの雨宮さん。
「大丈夫か? 拾うぜ」
「え……。は、晴間くん!? い、いいよ、悪いから……!」
「いやこれはひとりじゃ大変だって」
俺は席から立って、しゃがんでプリントを拾う。御影も「みんなで拾えば早いよな」と俺に倣う。
雨宮さんは顔を青ざめさせたり赤くさせたりと忙しかったが、やがて「うう……」と呻いて黙々と手を動かし出した。
――
雑に切っただろうバランスの悪いセミロングの黒髪に、重すぎる長い前髪。今時なかなか見ない分厚い丸眼鏡。常に俯き加減で歩くせいでひどい猫背で、どうしても暗い印象がつきまとう。
こうしてクラスにいても、黒板前にたまる男子たちが誰一人として気付かないほど、地味で存在感のない雨宮さんは、俺と同類の日陰族の女の子だ。
いや、俺には御影という社交的な親友がいるぶん、まだクラスには馴染めているが、彼女は常に独りである。
性格もこの通り気弱で、内向的なので仕方ないのかもしれないが。
ただ俺としては、彼女への好感度はけっして低くはないしむしろ高い。
さっきも俺の名前、ちゃんと覚えて呼んでくれたし。他の女子の「
それに雨宮さんはけっこう……。
「はい、プリントこれで全部だよな」
「あ、ありがとう……」
集めてまとめた紙の束を手渡す。
もごもごと窺うように、上目遣いでお礼を言う彼女の肌は、近くで見ればキメ細やかで荒れがまったくなかった。眼鏡から覗く瞳も大きなパッチリ二重で睫毛もびっしりだ。
たぶん、磨けばかなり光ると思うんだよなあ、雨宮さん。
姉さんに鍛えられた俺の審美眼がそう告げている。
とりあえず眼鏡と髪型を変えれば、今の暗い印象をだいぶ払拭出来ると思う。まずは見た目からだな。あとは自信のない態度を改めれば、この学校の三大美女にだって負けないんじゃないか?
そんな彼女が日陰者扱いなんて、なんとも勿体ない話だ。
まあそれでも、hikariより可愛いなんてことはないだろうけどな!
「んー……てかさ、このプリントって、帰りのホームルームで城センが言ってたやつだよね? 数チェックして、職員室まで持ってきてくれってやつ。日直の仕事じゃなかったっけ。雨宮さん、今日の日直当番じゃないよな?」
城センは担任の城田先生のあだ名。ことあるごとにまず生死から確認してしまうヨボヨボのおじいちゃん先生だ。
首を傾げる御影のもっともな疑問に、雨宮さんは小さな声で「た、頼まれたから……」とだけ答えた。
俺は「ああ、またか」と反射的に眉を寄せる。
『頼まれた』というのは語弊があり、断れない性格なのをいいことに、雨宮さんはよく日直やら委員会の仕事やらを押し付けられている。
しかもこの学校の日直、異様に仕事が多いんだよ。
プリントを届け終わったら、黒板を消したり、戸締まりをしたり、花瓶の水を替えたり、日誌を書いたり……あたりは基本。
中でも一番大変なのは旧校舎の掃除。ローテーションで各クラスの日直に掃除場所が割り当てられ、放課後にやることが義務づけられているのだが、これが骨の折れる作業で生徒からは大変不評である。実地を決定した教頭に批判が集中したくらいだ。
同じ日陰族として仲間意識を俺が勝手に持ってるせいか、雨宮さんが一人で仕事をしていると気になるんだよな、いつも。
御影も顔をしかめて「よければ手伝おうか?」と申し出ている。
さすが、モテるイケメンはこういう申し出もスマートだ。
だがおそらく、それではダメだぞ、親友よ。
雨宮さんみたいなタイプは、そんなことを言われたら絶対に過剰なほど遠慮する。
案の定、彼女は激しく首を横に振った。
「も、申し訳ないよ! 私は大丈夫だから! 気を遣わせてごめんなさい……それに、あの」
チラリと分厚い眼鏡越しに、俺に一瞬だけ視線が向く。
だがそれは本当に一瞬で、その意図を考える間もなく、雨宮さんはプリントを抱えたまま深々とお辞儀すると、教室の後ろのドアからそそくさと去っていった。
翻る緑チェックのプリーツスカートを見送って、御影が「うーん」と天パの頭を掻く。
「なんていうか、すごくいい子そうなのに、いろいろと損している感じがするよな、雨宮さん」
「……だな」
「難儀だよなあ……ん? おっ! いつの間にか、あっちのディスカッションは決着がついたみたいだぞ」
見れば黒板前の集団は解散し、男子たちは各々帰り出していた。
『この学校の女子で誰が一番可愛いか問題』に関しては、聞こえてくる会話によると、『三大美女は三人とも甲乙つけがたく同率一位』という結論に落ち着いたらしい。
あと『世界一可愛いのはやっぱりhikari』だと。
あれだけ盛り上がっていたわりに、なんじゃそりゃな結論だ。
(女装した)俺が世界一可愛いなんてのは当たり前すぎるしな。自然の摂理だろう。不参加だが無駄な議論だったぜ、まったく。
「さてと、それじゃあ俺らもそろそろ帰ろうか、光輝」
「あー…………いや、やっぱり俺、ちょっと残っていくわ。図書室に寄って課題していく」
「え? またか? 最近ちょいちょい残るよな」
肩にスクールバッグを掛けた御影が、爽やかフェイスに疑問符を浮かべている。
……すまない、図書室に寄って課題云々はぶっちゃけ嘘だ。
親友に嘘をつくのは心苦しいが、本当の残る理由は照れ臭さが勝って言えない。
「課題なんて家ですりゃいいのに」
「学校の方が捗るんだよ! ほら、連絡のひとつでも入れて、彼女ちゃんと一緒に下校しろって。上手く会えれば、下校デート出来るかもだぞ」
「おお、それいいな」
嬉々として御影はスマホを取り出し、素早くメッセを打ち込んでいる。すぐ連絡はついたようで、これから彼女の学校まで迎えに行くらしい。ラブラブバカップルなんだよな、御影たち。
ああ、普通の青春が少し羨ましい。
俺も早くこの病気を治してくれるようなお相手と会えたらいいんだけど。
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