第3話 だから俺は彼女が出来ない。

 久方ぶりの女装は、過去にやっていたお遊びの数倍は大掛かりだった。


 姉さんの会社お抱えのメイクさんやスタイリストさんを呼んで、お遊びなんて一切なしのガチ態勢で挑んだのだ。

 こんな地味な男が自社製品のモデルなんて、軽くやる気が削がれそうなものだが、そこは皆さまもプロ。むしろ「腕の見せ所!」とやる気を出し、俺はあれよあれよとされるがままだった。



 そして出来上がった自分を鏡で見てーー激震が走る。



「やっべえ……超可愛くね? 俺」



 鏡の中に立っていたのは、360度どの角度から見ても完璧な美少女だった。

 白いワンピースを身にまとい、腰まで伸びた飴色の髪を靡かせる『彼女』は、清廉さもあり、どこか儚さもあり、そこはかとなく色気もある。


 総合して可愛い。

 めっちゃ可愛い。

 え、嘘だろ、可愛い。


 試しに笑ってみたらもう惚れた。付き合って欲しいし、なんなら結婚して欲しい。

 残念ながら俺だったが。


 ついでに余談だが、いまや『hikari』の魅力のひとつとしてよく取り上げられる飴色の髪は、申し訳ないが普通にウィッグだ。

 透明感のある深みの強い橙の髪色は、あまり似合うモデルがいままでいなかったのに、俺にはピタリとハマったとヘア&メイク担当さんが感動していた。それ以来、飴色のウィッグは変えていない。



 とにもかくにも、俺はこのときの衝撃を一生忘れないだろう。



 姉さんも会社のスタッフ様も多いに盛り上がり、異様なテンションで撮影は実行された。


 女装する前は不安しかなかった俺も、ノリノリでポーズを決め、むしろ「それじゃあ俺の可愛さが伝えきれないんじゃないですかね?」なんてカメラマンさんに言い出す始末だった。



 こうして、スーパーミラクル美少女『hikari』の伝説は幕を開けたのだーー。




「おい、光輝。光輝! 光輝コラ!」

「うわっ、うるさいし顔が近いぞ、御影」


 懐かしい思い出ことレジェンドの夜明けに想いを馳せていたら、急激に御影の声で現実に引き戻される。


 くそ、俺よりイケメンな顔を近付けるのはやめろ。

 俺は女装すれば無敵だが、しなければただの日陰に住んでる典型的な陰キャなんだ。


「どうせまた、hikariへの賞賛を聞いて悦に入ってたんだろう? その『自分可愛い最高モード』そろそろどうにかした方がいいぞ」

「悦になんか入ってねえよ。(女装した)俺が世界で一番可愛いのはただの事実だろ」

「お前そういうとこだぞ」


 そんなんだから彼女が出来ないんだよ、と御影がため息をつく。


 ーーそう、俺の悩みとはずばりこれだ。

 (女装した)俺が可愛いすぎて、他の女子を可愛いと思えないのだ。


 どんな女の子を前にしても、最終的には「いや待て、やっぱ俺の方が可愛くね?」に落ち着いてしまうというもはや病気。重症。今のところ治療の余地なし。



 しかし俺が思うに、『可愛い』とはなにも容姿のことだけではない。



 女の子らしい所作や愛らしい仕草、ふとしたときに垣間見せる表情、見えない人間的な内面の輝きなども反映されて、トータルで『可愛い』は出来上がる。

 内面に関してはまあ、中身が俺という揺るがない残念な真理があるのでそこはいったん置いといて。


 hikariはそこも抜かりない。


 これは姉さんの完璧主義と、俺が無駄に凝り性で変なとこ努力家だったせいもあるのだが、女装を始めた幼少期から、女の子らしい所作や愛らしい仕草はマスター済みだ。

 女の子の格好をすれば自然とスイッチが入るように仕込まれている。


 さらにはモデル活動のスタートと共に、よりそのへんは徹底的に研究したし、自身の女子力を上げるために、世間的に女の子らしいと評されやすい料理や手芸なんてスキルも一通り身につけた。

 元来、器用貧乏な質なので、そう難しいことではなかったのだ。


 ふとした瞬間に「俺はいったいなにをしているんだ?」と我に反ることもあったが、もうここまで来れば正気に戻った方が負けである。狂え。狂ったままでいろ。



 モデルは写真に撮られるときだけ可愛いければいいというものではない。

 普段の可愛いへの努力が、一枚の写真に写し取られるのだ……とは姉さんの金言だ。



 つまりなにが言いたいかというと、俺の上がりに上がった『可愛い』のハードルのせいで、年頃の健全男子だというのに、ろくに女子にトキメクこともできない不能になってしまったのだった。



「このままじゃな、光輝。お前の青春は灰色になるからな。彼女どころか恋も出来ないぞ」

「へっ、彼女持ちは余裕だな。この陽キャのリア充め」

「真面目に聞けって。俺はお前を心配してんだよ」


 モテる御影には残念ながら、他校のお嬢様学校に通う小動物系の彼女がいる。俺の正体はさすがに秘密だが、hikariのファンだと公言しているとてもいい子だ。


 hikariは女子にも憧れの存在として人気である。普段の俺なんて女子に名前すらまともに覚えられていないというのに。


 ちなみにhikariという名は、俺の『光輝』という名前から一字とって姉さんが適当につけたのだが、まさしく光の美少女な俺を体現していてぴったりだよな。


 ……などと考えていたら、また御影にジロリと睨まれた。


「わ、わかっているって。俺だってこの厄介な病気を治したいんだよ。でもな、なかなか(女装した)俺以上に可愛いと思える子が……」

「きゃあ!」


 そこで俺たちの会話を遮るように、近くで高い声が聞こえた。

 床を見れば散らばるプリント。


 俺の席のすぐ傍で、教室にいるはずのない女子がひとり、大量のプリントに囲まれてずっこけている。



 野暮ったい眼鏡を掛けた彼女は、クラスメイトの雨宮あまみやさんだ。



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