第4話 廃墟

 林に囲まれた人喰い沼の辺りに辿り着くと、朝靄のような霧状のガスが低く地を這うように立ちこめていた。

 沼の底から浮かびあがってきた瘴気だろうか、時折水面がゴボゴボと泡立っている。


 玲香は沼の縁に立つと水面を見渡した。この底に朽木弁太郎は眠っている。

 沼に沈む際、9ミリパラベラム弾を全身に撃ち込まれ、なおかつ眉間にサバイバルナイフを突き立てられた。この状態で生きているわけがない。


 ゴボゴボ……。


 また水面が泡だった。沼の底の朽木が恨み言をつぶやくように……。

 と、そのときだ、玲香の耳に声が聞こえた。


 ベガー! ベガー!


 耳を澄ますと「アベガー、アベガー」といってるようにも聞こえる。

 アベガーは朽木が所属していた反日サロンの常套句だ。

 だんだんと声が遠ざかってゆく。

 玲香は沼から離れ、声を追った。




 林を抜けると、いまは廃墟となったラブホテルが見えてきた。

 老朽化が激しく屋根や壁はいまにも崩れ落ちそうで、入口付近に「立入禁止」の立て札がある。


 玲香は無視して敷地に入り、錆びだらけの玄関扉を押した。


 ギィィィィィィ……。


 施錠はされてなかったのか、不気味な軋み音をあげて玄関扉が内側へと開く。

 まるで玲香を請じ入れるかのように。


 ゴロゴロ……。


 いつの間にか空は重い曇天につつまれ、雷鳴を発している。

 稲光とともに冷たい滴が頬や肩に降りかかってきた。

 今日は革ジャンの下にグロック19は携行していない。

 だけど、このラブホテルの廃墟にはなにかがあるような気がする。


 玲香は意を決して玄関口からロビーへと足を踏み入れた。

 その瞬間――

 閃光がひらめいた。

 それは稲光ではなく、玲香の頭部を襲った物理的な衝撃であった。



    つづくっ!

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