第6話 学校に訪れる変化
「そういえば、なんで詐欺師先輩は
いつものように班目が文庫本を片手に緑茶を飲み、僕が班目の横顔や窓の外をぼやっと見るなど注意力を
「ああ、この口調か? べつに大した理由もないけど」
「大した理由もないのに班目先輩に敬語を使わないんですか。一体どういう人生を送ってきたんですか」
「いや、あの、ごめんなさい」
急に突っかかってきた鱈井に思わず
もしかしたら鱈井がいつも敬語なのは、そこら辺の教育がしっかりしているからなのかもしれない。その割には失礼なことをたくさん言われたような気もするけど。
僕が目を丸くしている隣で班目が鱈井の質問に答える。
「柊くんがため口なのは、私がそう言ったからだよ。最初は『班目先輩、よろしくお願いします! ありがとうございます!』みたいな感じだったけど、なんか似合ってなかったからやめてもらったの」
「おい、恥ずかしくなるからやめろ。そして敬語が似合わないってなんだ」
妙に僕の声真似が上手い班目に半眼を向ける。というかそもそもそんなセリフを言った覚えはない。
「いや、あの、班目先輩がいいならいいんですけど……」
班目が納得しているならいいのだろう。あっさり引き下がる鱈井。
それに対し、班目から。
「じゃあ、私からも一ついいかな」
どうやら先ほどから不機嫌だった班目が、鱈井に言いたいことがあるらしい。
「さっきから柊くんのことを『詐欺師』ってたまに呼ぶけど、やめてくれない? ちょっと、というか、かなり耳に
なにやら
「い、いえ、その詐欺師と聞いていたので、つい……」
「別に理由を聞きたいわけじゃないからね。やめてほしい、ってこと」
「で、でも他の人も詐欺師って……」
振り絞るように鱈井が言い訳を
追い打ちのように班目は続ける。
「何、あなたは自分の目も信用できないの? この人間が、この柊冬樹っていう男が詐欺師に見えるの? 周りがそう言っているからって、自分もその人間を見ることさえせずに右から左へ噂を流していくの? そんなどうしようもない人間の一人に、あなたはなってしまうの?」
どこか、鱈井ではなく別の誰かに向けた口調で、班目は怒りを
いや、だがそれを鱈井に八つ当たりのように向けるのは、爆発ではなく
「班目、別にいいよ。お前が怒ってくれるのは嬉しいが、鱈井は別に関係ないだろ。もとはといえばそう呼ばれるようになった原因は僕にもあるんだから」
「そ、それは違うっ! あれは柊くんのせいじゃなくて……」
反射的に言う班目にを
「熱くなりすぎだぞ、班目。お前はもっと冷静な人間だったはずだ。少なくとも、新入生を怒りのはけ口にするような奴じゃない。――そんな奴に成り下がってほしくない」
語気を強めて言うと、班目の呼吸がゆっくりになる。ほんのり赤くなっていた顔も落ち着きを取り戻していつもの雪のような白みが浮かぶ。
冷静になりお茶を口に含むと、いつものように本を片手に持つ。
「ごめんなさい、鱈井さん。少し大人げなかったわ」
そして涼しい音色で謝罪を述べると、鱈井は何が起こったのか分からない様子で目を見開いていた。
そうしていつもの平和な空気感が戻ってくる。
長続きはしないのだが。
変化があったのは、次の日。
昨日と同じように早く学校に着くと、あちらこちらから
下駄箱で靴を入れ替えていると、何やら登校してきた女子2人組が僕をみるや否やこそこそと話し始めた。
会話の内容までは聞き取れなかったが、おおよそ思っているもので間違いない。
――ふう。とうとう詐欺師の次は
そんなくだらないことを考えて教室に入ると、普段より多くの生徒が集まっていた。
そして、僕の姿を認めると教室が静かになり、そして居心地の悪いざわつきがもたらされる。
「見てよ、あれが……」「ちっ、最低だよな」「よく学校に来れるよね」「なんであんなやつと同じクラスなのかしら」
わざとかも知れないが、陰口があちらこちらから聞こえてくる。最近はこういうことがなかったが、一年前はこれが日常になっていた。
特に言い返すこともないので席に着こうとすると、机の上に奇妙な文言が書かれていることに気が付いた。
『学校やめろカス』『死ね嘘つき』
どれも男が書いたであろう筆跡で、不思議といえば最後の言葉だけだった。
『班目先輩に近づくな』
なぜここで班目の名前が出てくるのか。二股をするような人間を、あの高嶺の花である斑目に近づけてはならないと正義感の強い誰かが進んで警告したのか。
「……………」
とにかく順調に事が進んでいるようで何よりだと思う。本当に。
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