第12話 テスト初日

 テスト当日、一応班目の期待に応えるために徹夜をしたためか、目をこすりながら学校へ向かった。


「ねー、ちゃんと勉強した?」

「ううん、あんまりできなかった」


 教室へ入ると、僕の机にクラスの女子が座って隣の人間と話をしているのが視界に入った。


「あの、ごめん」

「あーごめんごめん」


 互いに謝り合うというなかなか字面だけ見たら特殊そうな会話をしながら、彼女は別の席に移って、また隣の女子と喋っていた。


「てか、絶対うそでしょ、蘭子が勉強してないとか」

「う、うーん、あんまり生物が勉強できなかったんだよね」


 戸惑いがちに話しているのは遠山蘭子とおやまらんこ


 たしかウチの学年では成績が一番だったはずだ。


 頭がいいくせに容姿がよくて、しかも眼鏡をしていない。なぜだ、勉強をしていたら目が悪くなるものだろう。

 まあなんでも、視力は遺伝によってほとんど決まるのだとかいう話もあるみたいだけど。


「えー、じゃあ生物だけだったら勝てるかな?」

「あはは、もしかしたらそうかも」


 どう考えてもお世辞だぞ、川島美香かわしまみか

 それは相手をいい気にさせておいて、成績が発表されるときに身も心もボロボロにする作戦だ。頭のいいやつがよくやるやつ。ソースは班目。


 班目はテストの直後、悪かった悪かったと言いながら平気で100点を取ってくる。あれは絶対に分かっててやってるけど。


 とはいいつつも、勉強が出来ていない、という方は事実だろうと思っている。


 というか、そもそもこの世にある「全然勉強できてないんだよね」というセリフというのは、お互いの価値観の違いによって戦争に発展するのだ。


 優等生は1時間や2時間では勉強できたに入らない。それだけの時間では、例えばテストの範囲などは、網羅できないことを知っているからだ。

 彼ら彼女らの基準では、それは勉強したことにはならない。


 それに対して、赤点をとるようなやつにとっては1、2時間も勉強したら、それは『勉強をした』ことになるのだ。

 赤点を回避するのだったらそれくらいの時間で十分だからだ。


 だから、成績の悪い奴が「全然勉強してないって言ってたじゃん」と不満を垂れるのは全くのお門違いだ。

 勉強したの基準が違うだけで、騙されてなどいない。


 まあもっとも、点数が悪かった時のための保険で勉強していないと言う輩がいることは否定しないが。


「おらー、席に着けー」


 担任の号令の下、机や椅子がガラガラと音を立てて動き出す。


 まあ僕にはそんな言い訳をする相手もいないんだがね。




「おえー」

「テストを終えてその効果音を出すのは、私の知っている限り君が初めてだ」


 はあ、はあ。もう無理だ。こんなのがあと三日も続くのかと考えると鬱になる。


 テスト中にも部活がやっていてよかったと初めて思った。

 ストレスを吐き出す相手がいなかったら、僕はもうテストを諦めて遊んでいる。


「今日の科目は上手くやれたんだろうね?」

「まあ、さすがに赤点はないんじゃないか?」


 ちなみに鱈井たち1年はまだテストをしているそうで、この部室には僕と班目しかいない。


「そういう班目はどうなんだ?」

「ああ、今回は勉強しすぎくらいだからね、さすがに上手くいってるよ」

「さすが」


 こう言い切れてしまう班目はやはり頭がいい。

 真に頭がいい人間は、こうやって自己分析も的確に出来ているのだと思わされる。

 いや、こいつは先述した通り分かっててからかってくるパターンもあるが。


「ともかく、柊くんが赤点を回避できたようで良かった」

「まだ1日目だけどな」

「赤点取ったら許さないから」

「許さないとは、具体的に?」

「ちょっとそこの東京湾取ってきてって感じ」

「東京湾たしかに近いけど、いったいそれで何をするつもりだッ!」

「もちろん沈める」

「躊躇ねえな! つーかそのためだけに東京湾を移動させようとするな! せめて東京湾に沈めるならお前が移動しろ!」


 まずそこのペン取ってみたいな言い方で東京湾を寄越すような怪物がいたら、そっちをなんとかしてほしいものだ。


 あと俺は堅気だ。ヤクザの道に入った覚えはない。


「まあ冗談だけど」

「当たり前だ」

「ほら、これでもうテストの疲れは取れたでしょ? じゃあ勉強しよう」

「いや、それとこれとは別なんだが……」


 でも東京湾に沈められるには、まだやり残したことがあるような気がするので大人しく勉強しよう。


 幸いなことに、明日は得意科目の数学があるから勉強科目が一つ減るので、なんとかやる気になった。


「あ、そういえば」

「ん、なんだ?」

「朝川さん、元気にしてる?」

「朝川? うちのクラスの朝川千里か?」

「ええ」


 班目が急に口にしたのは、あの学年一の美人で有名の、朝川千里のことらしい。


「いやまあ普通だけど」

「あらそう。ならよかった」

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「いや、べつに」


 そういえば、彼女と班目は同じ中学校の先輩後輩だったような気がする。

 まあ大したことではないけど。


 それよりも大したことなのは、あの班目がそんな一般生徒に注意を向けたという事実だ。

 あれほどの存在を一般生徒と断ずるのは無礼かもしれないが、少なくとも班目からしたら一般生徒にすぎないはずだ。


「まあいっか」


 班目だって、普通に学校一の人気者を気にするときがあるかもしれない。


 そう考えて、適当に考えた。




「む、遠山。なんだこの紙切れは」

「えっ」


 テスト最終日、事件は起きた。

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嘘つきはラブコメの始まり⁉ 横糸圭 @ke1yokoito

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