第3話 依頼人

「失礼しま〜す……」


 遠慮がちに扉を少しだけ開けて中の様子を窺ってくる。


 まず最初に思ったのは、身長が高いということだ。女子にしてはかなり大柄である。


「あの〜……」

「いいよ、入って」


 班目が促すと今度は扉が半分くらいまで開く。それでも体の出現率は先ほどと同じくらいだ。扉と一緒に体もスライドしているらしい。


 もじもじしながらも、恐る恐る声を出す。


「……凄い有名で何でも相談できる詐欺師の方がいらっしゃるのはここで合ってますか……?」


 その言葉に班目が思わず苦笑する。いや、待て待て。


「違う。凄い有名で何でも相談できるのはこいつで、詐欺師は僕」


 班目の方を紹介しながら、彼女の言ったものを正す。つーかどんな混ぜ方だよ。見た感じ1年だし、先輩に揶揄からかわれて変なこと教えられたのか?


 などと心の中でツッコミを入れつつ、出来るだけ刺激しないように説明したつもりだったのだが、相手の彼女は目を見張って手で口を押さえている。


 そして、次の一言。


「えっ……。じゃあ貴方には詐欺師しか残らないじゃないですか……?」

「……………………」


 隣で班目が口を隠している。だが口角が上がっているし、なんならさっき吹き出しそうになってただろ。おい、はっ倒すぞ。


 てか、新入生も「これは驚いた」みたいな顔をするな。自分で言っといて自分で驚くな。そして哀れな目で見るな。


「とりあえず話を聞こうじゃないか」


 怒りを抑えながら彼女の話を聞くことにした。




「名前は?」

鱈井たらいあすかです」


 どうやら事前に班目には話がついていたようで、名前を聞いてある程度の内容は分かっているようだった。


 それでも僕も知っておいた方がいいということで、班目から質問が始まった。


「恋愛関係の話だと聞いているけど」

「そ、そうです……! あ、でも……恋愛相談と言ってもそこまでいいものじゃないというかぁ……」

「なんだ? 彼氏と不仲とかか? 円満に別れたいなら相談聞くけど」

「こら、柊くん。付き合う方は手伝わない、みたいな性格の悪いことしない」

「そこに関してはお前の言葉のチョイスが微妙、というか絶妙だからだと思うが」


 隙あらば悪口である。もちろんこれは、彼女、鱈井の緊張を解くジョークだ。たぶん。


「柊さん、もしかして彼女とかいらっしゃったことないんですか?」

「お、急に喧嘩売ってきたな、おい。だがその話題はダメだ。TKOものだ」

「TPO?」

「時と場所と場合を考えて……って考えてどうするんだ! じゃなくて、TKOだ。要するにぶっ飛ばすってことだよ」

「柊くん、ひがみほど醜いものはないよ」


 どうやらこの場には味方はいないらしい。世知辛せちがらい世の中だ。


「で、恋愛関係の話って?」

「あの、実は……」


 唾を飲み込んで、グッと力を入れる鱈井。そして、声が上ずりながら言う。とんでもなく奇怪なことを。


「――わたしの友達がストーカーみたいになっちゃって!」

「す、ストーカーになっちゃう?」


 ストーカーの被害に遭っているというのなら、良くはないがよくある話である。だが、どうやらそうではないらしい。


「詳しく聞いてもいいかな?」

「は、はい!」


 何故か大きく返事をする鱈井。班目みたいな美少女の前だと緊張してしまうのだろうか。そういうものなんだろうか、女子高生とは。


 それはともかく。


「中学の時から仲良かった子なんですが……」


 そこから鱈井は今回の相談についての全貌ぜんぼうを話した。


 なんでも、鱈井の中学の友達が同じようにうちに入学してきたところ、一目惚れをしたとかなんとかであっという間にぞっこん。


 それからは執心するように事あるごとにその相手を考えているようで、授業や部活など、高校に入学したばかりなのにまるで手についていないとのこと。


「そのストーカーは同じクラスの奴なのか?」

「は、はい、そ、そうです!」

「相手も?」

「い、いえ……」


 入学したてなんて同じクラスしか関わりがないと思ったが。まあ初めに一目惚れと言っていたしクラスは関係ないのか。


「じゃあ同学年か?」

「いえ、2年生です。……というか」

「というか?」

「ぶっちゃけ……柊先輩のことです」

「えっ?」


 えっ、と言ったのは班目である。


「えっと……そのストーカーの子が惚れてしまったのは、この柊くんのことなの?」

「は、はい……! ……間違いありません」

「驚いた。世の中には物好きがいるんだ。柊くんの容姿を見て好きになるなんて」

「おい」


 遠回しに人の見た目をおとしめるのはやめてくれ。いや、遠回しじゃないのか?


「で、お前の依頼はそのストーカーを改心させることなのか?」

「すみません、人の友達をストーカー呼ばわりしないでください」

「ああ、すまん」

「じゃあそのイクラちゃんをどうにかしたらいいんだな」

「なぜイクラちゃんなの柊くん」

「そりゃあ、タラの友達はイク」

「とりあえず分かったから、一先ひとまずその子のところに行きましょう」


 口を塞がれた僕はとりあえずその子の元へ向かうのだった。

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