第10話 入部

「――おいおい、それくらいにしとけよ、班目」


 なんとか間に合ったようだ。ちょっとセリフに反して格好がついてないけど。


「柊くん……どうしてここに……? 家に帰ったんじゃ……?」


 班目は目を丸くしている。今までに見たことのない表情で、なんだかおもしろい顔をしていた。


「おいおい、なんで勝手に家に帰ったことになってるんだよ」

「だって、いつも時間には来る君が遅れてくるなんて」

「僕にも病院に行く時間くらいくれよ。二股になったら病院にも行けないのか?」


 まあ実際は病院に行く時間なんてなくて、保健室で優しい我らが探求部の顧問に手当てされていたけど。ああ、今度事情を言いに行かないといけないと思うと鬱だな。


「で、お前は何をやっているんだ」

「わたしは……っ!」


 伏せっている鱈井に、それを追い詰めるように見下ろしている班目。班目が鱈井に何かをしたことは明らかだ。


 班目もその体制は外聞が悪いとみて一瞬焦って椅子に座り直したが、落ち着くと冷静な声音で言い返してきた。


「鱈井さんが今回の事件の犯人なのは分かっているでしょう」

「ああ、それは知っている」


 大体、もとから挙動が怪しすぎたからな。あんなの自分が犯人ですって言ってるようなもんだ。


 まあどうやら本人にはその自覚がないようで、今僕の口から出た言葉を聞いて驚いているが。


 とはいえそんなことはどうでもいい。今は、班目のことだ。


「私は許せない。柊くんをあんな目に遭わせたこの子を、許してはおけない」

「あれ、それだと班目が僕のことを存外大切にしているような言い方だけど」

「茶化さないで頂戴。私はこう見えても、柊くんのことを大切に思っているんだから」


『大切に想っている』だって? もう告白みたいなものじゃあないか!


 なんて、弱っている班目に付け込むような真似はしないけど、それでもその言葉は嬉しかった。


「でも班目。鱈井を恨むのは筋違いじゃないか。僕をボコボコにしたのは柳生たちだし、あいつらだってお前のことを思ってやったんだ。責められないだろ」

「……柊くんはいっつもそう」


 ぼそぼそと何かつぶやく班目。寂しそうな目だった。


 その顔は見たくなかったので、話題を転換する。


「そもそも鱈井は班目のことを考えて、班目のことが大好きだからやったんだろ? そんなかわいい動機、責められるわけないだろ」

「いや、きみ馬鹿でしょ。そんなので許されるのだったらこの世に警察なんていらない」

「そ、そうか?」


 そう、この調子だ。ちょっと悪口が強い気がしたが、しゅんとしているよりずっといい。


「でもどうするの? 鱈井さんはあなたのことを心底嫌っているけど」

「ああ、それは……なんとなく分かっている」


 ちらと彼女の方に目を向けると、僕のことを目の敵にしているのがはっきりと分かる。


「でも僕はこの状況を一挙に解決する方法を知っている」

「……ほう」


 班目は全く期待していない目で僕を見るが、いやいやナイスな考えなのだ。


 鱈井を指さして、伝える。


「鱈井。――お前は今日からこの探求部に入部するのだ!」

「は?」「え?」





「馬鹿かお前は」

「あの、水川先生。いや、班目もなんだけど、僕を何か勘違いしていませんか? 僕だって馬鹿って言われたら傷つくんですよ?」

「じゃあ、たわけか」

「先生。柊くんはどっちかと言ったらたわしです」

「あの、二人とも僕の話を聞いてました? あと班目、僕のことをハワイ行きの抽選のはずれくじみたいに言うんじゃない」


 まったく、この二人は。


 ――というわけで、一連の流れが終わった後に僕と班目は二人で探求部の顧問である水川先生のところへ来て、今回の件について説明していたのだ。


「で、どうしたら鱈井を入部させるという結論になるのか教えてくれ」

「だから言ったでしょう。鱈井は班目のことが大好きで僕と班目を引き離したい。でも僕的にも班目的にもそれは許されない。だったら鱈井も入部して僕たちのことを監視すれば、満足でしょう」

「むしろお前に対する嫌がらせがやりやすくなったとは思わないか?」

「大丈夫です。鱈井も班目の前ではできないでしょう。それに、いざとなったら……水川先生が助けてくれるでしょ?」


 ちら、っと水川先生の方向に視線を向けると、やれやれと肩をすくめている。


「どうせ今回の件だって何か致命的なことになりそうだったら、その前に助けるつもりだったくせに」

「いやはや残念だな。私は生徒に慕われるような先生を目指してきたつもりだったが、まさか柊とかいう出来損ないの生徒に慕われることになるとは」


 と言いつつ満更でもなさそうな水川先生。さすが、探求部の顧問だ。


「それで、鱈井さんの入部について認めてくださいますか?」

「うーん、そうだな。私は別にいいが……」


 水川先生は班目の方に視線を向ける。班目の許可が下りれば、ということなのだろう。


「私は反対です。彼女は危険で何をしでかすか分かりません」

「おいおい、なぜそこまで反対するんだよ。別に一人増えたくらい変わらんだろ」

「……ほんと君って……」


 落胆している班目に腹を抱えて笑っている水川先生。おい、僕のわからない話で盛り上がるな。


「まあまあ。班目も柊と二人っきりのほうがいいんだろうが、これは柊のためでもあるんだぞ」


 まあたしかに鱈井の監視ということで班目の仕事が増えてしまうだろうが、彼女を野放しにしておけばまた今回のことのようになるかもしれない。


「……わかりました」


 渋々頷いた班目。


 こうして、探求部に新たなメンバーが加わった。

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