第9話 格好いい男
その日の部活に柊くんは来なかった。
彼のことだからどうせ、このタイミングで部活に行ったら私に迷惑かけると思って来なかったのだろう。さすが、柊くんらしい。
「顔を腫らして
「…………そ、そうでしょうか」
そんなわけで今日の部活が私と鱈井さんの二人きりになるのは自然な流れだった。
私は普段と変わらずいつものように本を片手に、それでも今日はぼんやりと考え事をしていた。
「……ど、どうかされましたか……?」
「あ、うん、なんでもない。ちょっと柊くんのことを考えてて」
柊くんの名前を出すとあからさまに不機嫌になる鱈井さん。これは会った時から、無意識の癖なのかいつもそうだった。
「…………」
「そんなに私が柊木くんのことを気にかけているのが不満?」
「い、いえ、別にそんなことは……!」
少し問いかけてみると、分かりやすいように驚いている。図星を指されたといえ、柊くんだってもう少し上手く誤魔化すのに。黙るだけだけど。
「そんなに柊くんのことが嫌い?」
でも今回は徹底的に追い詰める。
「そんなに柊くんと私が一緒にいるのが気に食わない?」
だって、この子は、
「……柊くんが
私の大切な人を傷つけたんだから。
「ねえ、どうしたの? なんで黙ってるの? ほら、何か言ってみたら?」
「あ……あ……、え……え、えと……」
「はっきり言ってくれないと分からないんだけど」
「あ、え……あの……」
多分、私の変わりように動揺してる。いや、それ以上に自分がここまで責められると思ってなかったのかな。
そう思うと
本を置いて立ち上がり、窓枠に腰掛け直す。
彼女が私の一挙手一投足に目を離さないので、私が正面を向くと彼女としっかり目が合った。
そしてもう一度顔を確認してから、私は次の言葉を出す。
おそらく彼女にとっては衝撃の言葉を。
「――私たち、中学の頃に一回会ったよね?」
「え……、」
え、じゃなくて。
「君が中1のとき、クラス内でのトラブルについて相談に来たでしょう」
「えっと、あの……っ。あっ……」
見ると鱈井さんは涙を流していた。ぽろりと一筋。
何の涙なのかは分からない。
まあどちらであるかは私にとって
「推測で悪いんだけど、たぶんこの学校に来たのも私を追いかけて、ってことなのかな」
鱈井さんはなにも口にしない。できないのかもしれない。
私は続ける。
「それで憧れの先輩を追いかけて来てみたら、その憧れの先輩はなにやら良からぬ人と行動を共にしている」
この学校での柊くんの評判は最悪のものだ。詐欺師なんてあだ名までつけられてる。
「それで、私を誑かすその男のことが許せない。一刻も早く私とその男を離したい。物理的に近づけないようにしたい」
例えば、退学、とか。
「そりゃあタバコを吸ってるところを写真に撮って先生にでも見せれば一発で退学だ。この学校は進学実績に誇りを持ってるから、できるだけその経歴に傷を付けたくはない」
たとえ停学くらいで済んでも、部活なんてやれない。悔しいことに、彼の性格からして私に気を遣って部活には来ないだろう。
「だがそれは当の本人である私に却下されてしまった。それでやむなく、退学は諦めた」
だから。
「二股なんて言って、相手を私にしたわけだ。さっきみたいに私を守ってくれる人もいるし、二股してると噂されている状態で彼が私のところに会いに来たりすれば、彼の評価はどんどん落ちていく」
二股がバレたのに往生際が悪いとか、また私に嘘をついて隙に付け込もうとしているだとか。
彼の評価が下がればいじめは加速し、柊くんは結局学校に居られなくなる。
「君の友達が柊くんのストーカーなんて嘘。もう既に村田さんからも話は聞いている」
村田さんを問い詰めたところ、あっさり白状した。
「鱈井さん、あなたが柊くんを陥れようとしたことはもう明白なの」
そう言い切ると彼女は泣き崩れた。顔はくちゃくちゃに、膝も立たなくなるくらい。
「だってぇぇぇ、あんなおとこがッ、せんぱいのとなりにいていいわけ、ないじゃないですかぁァッ‼」
嗚咽を漏らしながら心の内を吐き出す彼女。感情に任せて、心のストッパーを外す。
「あんなおとこぉォ、ぼっこぼこになぐられればいいんですよぉぉッ!」
それだけせんぱいを汚したんですから、と付け加える鱈井さん。
それは紛れもない彼女の本心で。私のことが大好きだからやっちゃったことで。
「――それなら許されると、思ってるの?」
泣き崩れて伏せている彼女の顔を優しく起こして、冷たく言う。
「あなたまさか、許されると思ってる? 自分のわがままでやっちゃったんだって、正直に話せば許されると思ってるの?」
彼女の目が恐怖に埋め尽くされる。それでも彼女の目を見て。
「私は絶対にあなたを許さない。まずは柊くんと同じくらい酷い目に遭ってもらう。それからこの学校から追い出すし、それから」
彼女から流れ落ちる涙がすべて恐怖によるものに変わって、彼女の体が強張って、震えて。
それでも止まらない私が、次の言葉を言おうとした時、ガタン、と扉が開く。
「――おいおい、それくらいにしとけよ、班目」
顔中が包帯やらガーゼやらでぼこぼこしていて、格好つかないのに。
やたら格好いい男が、現れた。
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