二度目の裏切り


 笑顔の恋人は、目の前の出来事を完全には理解していないようだったが、結果として溺愛していたカゾクを失った事実だけは辛うじて把握したらしい。

 そのままの顔で「ラリチャン、ラリチャン」と愛犬の名前を呼ぶが、返事がくることはなかった。ハチ公だとしても無理な話だろうが。

 靴下越しの小便の不快感にも負けず、私は立ち上がった。なけなしの誠意を見せようと、右手で彼女の肩に触れてみるが、少しも熱を感じることはなかった。

 ああ、間違えた。

 気づきを口に出すよりも早く、力強く振り払われてしまい、再び尻餅をついてしまう。

 そして、「この役立たず」と言葉の平手打ちをもらい、私はこの場での発言権を失ったのだった。

 アロエはアロエで、悪戯の代償を取らせるべく、仔犬のまだ温かいであろう死骸を更に辱しめようと触手を伸ばすではないか。

 それを止めようとしたのか、アツコはアロエに腕を近付けた。

「だめだ」と心の中で唱えた時には既に――ご馳走に八本の牙が食らいついていた。


 アツコの左腕には飢えた八つの首が絡みつき、噛みついていた。

 痛みに耐えかねて土台の鉢ごと振り回そうが、一つ一つのトゲが肌に深く突き刺さっており、逃走を許してくれそうにない。

 獲物の二の腕から血がこぼれて、ぼたぼたと葉に付着する。その味が余程甘美だったのか、より強力に締めつけて血を啜らんとする。

 彼女は恐怖やら驚愕やらのせいでイカれたのか、陸に上がった鯉のように、死ぬまで口をぱくぱくするだけの生き物に成り果てた。

 このままミイラになるまで放置しても特段構わないのだが、如何せん、私は彼女の姿に一目惚れしてしまった身なのだ。結果、こんな時のためにわざわざ外国から取り寄せたバーナーを点火して注意を引き付け、自分の硬い腕をむざむざ生け贄に差し出さなくてはならなかった。

 至福の時間を邪魔されたせいか、締めつけは想像よりも遥かに強く、ただでさえ調子の悪い腕がミシミシといけない音を立てはじめた。

 二度目の裏切りの対価として、私も床に落ちているダックスフントと同じになるかもしれない。

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