優しさを要求するのは


 アツコは般若と金剛力士と阿修羅をそれぞれ均等にブレンドしたような、ろくでもない顔で私の家に入り込んでいった。

 今回のヒロインたる仔犬はきゃうんきゃうんと甘ったるい鳴き声を出して私を非難し、これ見よがしに出血した足を突き出すものだから、その度に部屋の温度が二度ほど下がることになるのだった。

 大体、そのダックスフントだって、本来は私のものなのだ。本体もオプションも、すべては私の財布から出ているのだから筋は通っているなのだが、断固として認めてはくれないのだ。

 アツコは「男は女を養うのが当たり前」という時代遅れの価値観を持つ割りには、女性の権利絡みについてだけは最新版に更新されているので、男女同権という大義名分のもと、私の金で二人暮らしを実現しているのだった。

 彼女が使い込んだ金でアロエを買い込んでいれば、今ごろは植物園を建設できたことであろう。


 判りきってはいたが、アツコにアロエの処分を命じられた。

 元々けばけばしくて気持ちが悪いと不評だったが、そこに自分のカゾクに対する暴力が加わったので晴れて有罪となったわけだ。

 部屋の奥に鎮座している観葉植物に近付いた時、はっきりとした死の危険を感じた。

 ガラガラヘビに威嚇されるのと似たようなものだが――こちらには首が八つあるのだ。

 後ろからは事情もお構いなしに野次がひっきりなしに飛んでくる。「卑しいお前の醜いペットを美しい私の麗しいペットの前に跪かせろ」と。

 情けない姿を晒す私を嘲笑う為か、それとも怪我の仕返しのつもりなのか。

 ダックスフントが突然、彼女の腕から抜け出した。そしてそのまま私の側に寄ると、小便を引っかけたのだ。

 思わず尻餅をついた私を見て、彼女は笑った。下品な声が酷く耳障りであった。


 これに気を良くしたワンちゃんは、怪我の元凶であったけばけばしい植物にも同じことをした。

 その行いは、小賢しい坊やが「僕は子供だから許される」と過ぎたやんちゃをするのに似ていた。

 大抵は許されるのだろう。大人に叱られたり、同じ子供と喧嘩になっても、その時は母親に泣きつけばいいのだ。過保護で気の強い母親が、きっと天誅を与えてくれるだろう。

 だが、残念なことに――この場合は大抵ではないのだ。

 喧嘩を売った相手は大人でも子供でもない。言うなれば狂人の類なのだ。

 何をしでかすのか分からず、どれ程しでかすのかも分からない。

 勿論、後ろにいる過保護な母親のことなど見もしない。

 そもそも、植物に優しさを要求するのは少々酷な話ではないのか。脳を持たないものに、なぜ知性や愛を期待できようか。


 だから、仔犬の柔らかな胴体は力任せに解体された。

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