エンジョコウサイというもの


 お医者さんに治してもらってからの私は、もはや何もかも、どうでもよくなっていた。

 唯一やろうと思ったことは、アロエを捨ててやることだった。主人として振舞う権利はない。ならば、どこかの路地裏に置いてやるのが良いだろう。「捨て猫」ならぬ「捨てアロエ」だ。

 しかし、それは叶わなかった。アロエは私を拒絶した――自由にすることすら許さなかった。「なぜ」と問うても、決して口を開いてはくれなかった。

 私はふらふらと街を歩いた。その際に、初恋の店員のそっくりさんにナンパされ、私は金を、彼女は若さをそれぞれ提供する関係になった。

 辞書で引いてみる限りだと、エンジョコウサイというものらしい。禿げ頭が怒るだろうなと思った。

 名前を「アツコ」と言い、「カスミ」とはアルバイト仲間だったらしい。私はこの二人を見間違えていたが、顔見知り以外の人間というのは皆同じ顔で出来ているのだから、至極当然な話である。文句があるのなら、各政党のマニフェストを区別出来る程の審美眼を用意してからにしてほしい。興味のないものなど、何百種類あろうがどれも一緒だ。


 そんな彼女から「至急戻れ」なる連絡があったのは、午後二時のことだった。

 特急で仮想の腹痛を作り出して会社を早退し、片道一時間の帰り道を巡ってみれば、自宅の前で人目も気にせずオオンオオンと泣きわめく女がいる。

 思わず鞄の中身をあさり、職場への忘れ物などを期待したが、残念なことに鍵も財布も健在だったので、已む無く間抜けを演じることにした。

 自分のカレシを見つけた女は、今まで泣くことに使っていたエネルギーを怒号に変換しだした。

 私の襟首を掴みながら何やらぎゃあぎゃあと騒いでいるが、まるで内容が把握できない。

 ようやく事情が飲み込めたのは五分経ってからであった――


 要約すると、私のアロエが彼女の愛犬を襲ったらしい。

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