多肉食植物系女子
脳幹 まこと
不覚にも
数ある植物のうちアロエを選ぼうと思った理由なんて単純で、暑さにも寒さにも強くて、放置しても大体は大丈夫と聞いたからである。
まあ、寿命が一ヶ月だろうが、一週間だろうがどうでもよかった。所詮は独り身の気を晴らす玩具、なんとなくマルボロの代わりに買っただけの話。
人生初の花屋は錆び付いたシャッターの奥にあり、店主の婆さんは自分でつけた値札の内容すら忘れていた。
丈の合わないレジ袋に商品を無理矢理詰め込み、ぶっきらぼうに押し付ける様を見せつけられ、花屋も醜い人間の商いに変わりないのだと妙な安心感を得た。
買ったアロエを改めて観察すると、一本の太い茎から八つの葉が好き勝手に伸びていて酷く不格好に見えた。花屋に置いてあった時はもっとピンと張っていたようにも思ったのだが、過ぎたことは仕方がない。
「これからよろしく」と人差し指でつん、とつついてやると、つん、という痛み。見てみると指先に血が溜まっている。
呆けていたのか、嫌われたのかは知らないが、痛いものは痛い。
顔をしかめると、葉が僅かにざわついた。
それから一ヶ月が経ったが、見た限り不調は見られなかった。
飼い主が夏バテでげんなりしている中、ベランダの八つ首は、エアコンの排熱に心地よさを感じているようだった。
何も施しを受けていないのに、よくも頑張るものだ――私だったらこんな主人を見限ってさっさと枯れてしまうが。
まあ、話によると植物を枯らす人というのは大体が過保護なのだそうだ。愛情をアピールしたいあまり、水や肥料を無闇矢鱈に与え続け、花や草を病気にして殺している。
豊かになりすぎると根が腐るというのは、人間も植物も同じことらしい。
だから、アロエ側から催促が来ない限りは、こちらから水を与えるつもりもなかった。
「頑張れ」と心にもない応援を贈ってカーテンを閉め、それっきりだった。
夏が終わり、秋が終わった。
葉は相も変わらず八本のままだが、買った時の倍は太くて長くなり、十分に立派なものに育っていた。
鉢を替える為に何ヵ月かぶりにアロエの側に寄った私は、虫――蝉や蜂、カナブン、ゴキブリなどの脚部だけが鉢の上に何層にも重なっていることに気がついた。
野良猫か悪戯小僧の仕業であろうが、随分と行儀が悪いことだ。
とはいえ、葉の至るところから粘っこい液体を垂れ流す我が玩具の見苦しさもまた、負けず劣らずといったところだが。
そこへ、どこからともなく季節外れの蝶々が飛んできた。美しかった時代の終わりを嘆く枯れ葉のような、そんなもの悲しさがあった。
私はその姿を呆然と見つめる他なかった。生き別れた双子の弟と再会した兄の気持ちはきっとこんな感じなのだろう。
今ならば、種族の垣根を越えて通じあえる。そういう確信めいたものを感じた私は、コンビニのレジ袋――即ち蝶を捕らえられるものを取りに部屋に戻った。
十秒も経ってはいなかっただろう。
私はすみかを片手にベランダに出て、蝶のか細い脚が、鉢の上にひらひらと舞い落ちていくのを見た。
この時私は、不覚にも勃起した。
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