ホラー短編アラカルト
関寺屑
人魚伝説のある村
俺の身に起きた恐ろしい話を聞いてほしい。俺の住む村は人魚伝説のある海沿いの小さな村。その村には海に面していて満潮時には沈んでしまう洞穴がある。そして、満月の夜にはそこから啜り泣く声がする、みたいな在り来りな怪談話があった。ある夏の日、肝試しで俺と友人ら数人で見に行くことになった。まあ、案の定何も起こることは無く家に帰ることになったんだけどな。
その日、俺は途中で妹から電話が来て友人らとは別れて帰った。そして次の日、友人らに途中で帰ったことの詫びを言うために電話をしたところ、尋常ではない雰囲気を感じた。不気味に思い、その友人らに会いに行くと、友人らはうわ言のように「人魚が口を……」「人魚の声が……」と呟いている。その中の一人が持っているスマホを覗くと昨日の肝試しの時の動画があった。俺と別れた後も撮り続けていたようだ。
その動画を見ると、俺と別れた後に洞穴の近くの岩場で花火をしている映像の途中で終わっていた。何も無かった安心感からか、はたまた飲酒による開放感からか、花火のゴミやビールの缶など大量に捨てていったようだ。俺は友人らにそのゴミを片付けに行くべきだと言うと、口々に「あそこにはもう行きたくない!」「人魚がいるんだ!」とおかしなことを口走った。仕方なく俺は妹を誘って海岸に行き、ゴミ拾いをすることにした。妹は「後でアイス奢ってよね!」と言って渋々着いてきてくれた。
昨日友人らがどんちゃん騒ぎを起こしたであろう場所はタバコの吸殻やビールの缶、花火の燃えカスなどが散乱していた。そういえば、この場所はいつも異常なくらいに綺麗だ。どこの海岸にもゴミのひとつくらい落ちていそうなものだが、この海岸は友人らが残していった物以外何一つ落ちていない。今の時間は干潮で昨日の洞穴が近く見えた。俺は妹にも手伝って貰ってゴミを拾い終えた。そして「ちょっとゴミを捨ててくるよ。」と妹に言い、ゴミ捨て場にゴミを捨てに行った。帰ってくると妹の姿は無かった。イタズラで隠れているんだろうと思ったが、何度呼んでも出てこない。もしかして洞穴の方にいるのだろうか、そう思い洞穴の中まで歩いて行ったが見つからなかった。きっと先に帰ったのだろう。自分にそう言い聞かせて俺は妹の好きなアイスを買い家へ帰った。妹はいなかった。
その後警察に捜索願いを出し、村の人総出で探したが、妹のいた痕跡はどこにもなかった。俺は言い表せぬ恐怖を感じ友人らに電話をしたが、繋がることは無かった。次の日の朝、友人らが砂浜に打ち上げられている所を巡回中の警官に発見された。事故、もしくは自殺による溺死かと思われたが、後に海水を勢いよく肺の中に流し込まれたことにより肺が破裂している事が判明したため、他殺と断定されたが犯人が捕まることは無かった。
俺は毎日妹を探して村中を駆け回っていた。しかしどこを探しても見つからない。なんの手がかりも無いまま、数日経ったある日の夜、最後に妹がいた場所である海岸を途方に暮れて歩いていた。するとどこからともなく妹の声が聞こえたのだ。「おに〜ちゃぁん……たぁすけてぇ……」その声は洞穴の方から聞こえてくるようだった。「今行くからな、待ってろ……!」俺は急いで洞穴へ向かった。
もう少しで満潮の時間だったため、腰の辺りまで海水に浸かりながら洞穴へと懸命に向かった。洞穴の中は真っ暗なはずだが、何故かぼやっと光るものがあった。そこには巨大な魚がいた。いや、魚と呼べるのだろうか。背中のゴツゴツした棘のようなものはよく見ると一つ一つが人間の顔で口をパクパクと動かしていた。「「「「「おにぃちゃぁん」」」」」様々な声が重なりあいながら洞穴の中に響いた。そして、俺は見つけてしまった。その無数の顔の中に、妹の顔を。俺は声にならない悲鳴をあげながら洞穴から必死に逃げた。しかし海水はもう胸の辺りまで来ている。うまく走ることが出来ない。懸命に足を動かしていたがその足もなにかに掴まれた。足元を見ると無数の白魚のような手が海藻のようにゆらゆらと海水を揺蕩いながら俺に伸びてきていたのだ。俺はその手に引きずり込まれ、息苦しさに意識を手放した。目が覚めるとそこは病院だった。俺は砂浜にびしょ濡れで倒れているところを発見されたそうだ。
その後、妹の捜索は打ち切られたが俺は本当のことを言えないままだ。今もあの妹の声が耳にこびりついて消えない。
ホラー短編アラカルト 関寺屑 @sekidera
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