第2話 悪夢!アリス・クロスガワの黒い影!(前編)

※本インタビュー中には一部過激な表現が使用されていますが、インタビューイの意思、歴史的背景を尊重し、そのまま掲載しております。何卒、ご理解ください。


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【パラダイス・アンド・オース エキスパートルール】

第1条 総則

2) パラダイス・アンド・オースを遊ぶプレイヤーを、本ゲームでは「オーサー」と呼称する。全てのオーサーは他のオーサーに対しルールを説明する義務を負い、相手の求めに応じ自らの知りうる全てのゲームルールを告知しなければならない。


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無法という法が存在するのが何故分からん?

▲ 『口だけ達者な無法者』2030コズモ・エキスパンションPRカード ARテキスト


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「他のボンクラどもがどう思っとったかは知らんけどな、アタシみたいなS級オーサーから見れば、公開初日、それもPDFで概要部分をちょろっと読んだ瞬間から、エキスパートルール version 20380401 国家衛生秩序維持法特別対応規定 <抗菌仕様のレギュレーション>が欠陥品なのは一目瞭然やった。あ、ここ記事にするときビックリマーク3つくらいで頼むわ、ケッキョク、アタシはこれ言いに来ただけやから」


あくまでも個人的意見だと前置きした上で、<性根の腐った>クロスガワことアリス・クロスガワは取材陣に過激な啖呵をきった。


「言っとくけど負け惜しみで言ってるんちゃうで? 畿内が産んだ稀代の天才少女アリスちゃんも今は二児の母やからな。昔みたいにクソクソ言うと旦那がこれ見よがしに子供に『怖いねぇ怖いねぇ』言いよるから丸なったねん。これ(インタビュー)だって旦那が子供連中に読ませるやろからヘタなこと言えんし、ジブンでも優しなったと思うでホンマ、実際まだ削るようなトコ一つも無いやろ?」


大会ベスト16の堂々たる成績も、かつては<神童>と呼ばれたクロスガワにかかれば負け惜しみの範疇に入ってしまうらしい。しかし負け惜しみではないはずの彼女の舌先は、その後も止まるところを知らなかった。


「カードゲームには"治安"っちゅうもんがあるんや。お上品なゲームにはお上品なプレイヤーが集まる。下品なゲームには下品な連中が集まる。その点、当時のPAOの治安は下も下や。ジブンも見た目からして歳いってるから知らんわけないやろ?誓約勢言うたら昔は話の通じんオタクかカード泥棒の代名詞やったやん!アタシですらショップで3回はカードパクられとる、ホンマ、ロクでもない時代やったわ」


この勢い。この負けん気。この押しの強さ。旧世代オーサー特有の気迫に気おされてなるものかと、「私はそうは思いませんでしたが」と答えると、防護スーツの下のクロスガワは、ヘ、ヘ、ヘと、見透かすようないやらしい笑みを浮かべる。


「……まぁ、アンタにはアンタの立場があるやろうから勘弁しといたるわ。せやからインタビューには『個人的意見』ってデッカク書いといてくれてええで。ただな、アタシも別に悪口で言ってるわけちゃうねん、どっちかっていうと自虐やなこれは。イカサマインチキ当たり前、そないな<性根の腐った>連中が吹き溜まって、最初期の日本PAOコミュニティの基礎は築き上げられた。……ここだけの話、アタシは都市封鎖後に誓約勢のオン移行がイマイチ鈍かったのも、小手先の脅しみたいなプレイスタイルが連中の性にあっとったからやないかと思っとる。アタシもそこは同じ。ケッキョク、リモート・オースに脅しも三味線もクソも無いからな」


流線形のブラック・ボディにパール・グリーンの蛍光ライト。暗闇に輝くSF染みたアンチ・ウイルス・アーマーのその姿は、今やクロスガワの代名詞ともなったプロチーム『加古川サーバル』のシンボルカラーだ。


「スポンサーの皆さんの看板スーツに背負っとる以上、アタシだって下手なことは言えんけど。あくまで一般論で言ってもやで? 世にあるカードゲームの感染症対策っちゅうんは、机の真ん中にビニール貼るとか、リモートマッチのルール整えるとか、そないな無難な対応がほとんどやった。それをなんでPAOは、ごっつい防護アーマー着込んで、適当な距離で立って離れて、お互いデカい声出してプレイせぇって、ゲームルールにわざわざ感染症対策のルール付け加えて、そんでもって手洗いうがいしないと罰則あるよって、なんでこないな子供向けカードバトル漫画みたいなアホな方向に進みよったんか、そこがいまだに分からん」


クロスガワが天に向かって手を伸ばすと、肩から生まれた光の渦が彼女の腕を駆け上がり、その指先で軽くスパークする。UV-C 255.7nmの紫外線。これもまた第28回よりはじまった彼女ご自慢のパフォーマンス、自家製殺菌灯の一斉照射だ。


「自慢やないけどな。……いや本当に自慢にはならんのやけど。アタシは2020年のあの日まで、行きつけのカードショップの便所の石鹸、減ってるの見たことなかったわ。この機構かてオトンが買ってきた紫外線灯をカードに付け焼刃で照射してたのがはじまりやった。それがある日突然、手洗いだけで12、服装17、消毒75の規定を、遊んでるゲームに法<ルール>としてムリクリ書き加えられた。過去、カードゲーム大会の参加条件に「清潔じゃないなら罰則」なんて明記したのは遊戯王くらいや。ジブンどう思う?アタシはどうかしてると思ったわ。そして、その通り実際どうかしてた。ハッキリ覚えとる。あの日、あの場に、立ち会ったモンとしてな」


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波乱と混迷を極めたパラダイス・アンド・オース第28回全国大会<バトル・パラダイム>。思えばその全ての混乱は、受付の手際の悪さに端を発していたのかもしれない。全128名で行われるスイスドローによる予選6回戦、本戦トーナメント4回戦の巨大大会は、かつてパラダイス・アンド・オースが開催していた全国大会のどれにも当てはまらない特殊な形式の大会だった。[2020年より始まった都市封鎖により、全国各地の<カードショップ>と呼ばれた小規模カード販売業者は2030年代に消滅。結果として「地方予選」を行うだけの体力を持つ会場は国内から消え去り、そのしわ寄せを全国大会の受付窓口が被らざるをえなかった]と、当時のスマイルハート社は言い訳がましく公式サイトに書き記している。[1]


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『次の者、前へ!!!』


「……そないなデカい声で呼ばんでも分かっとるわ」


『IDとオーサーネームを述べろ』


「00051414、アリス・クロスガワ」


『国民外出番号、本名』


「……2641337582、黒須川有栖」


『証明書の確認を行う、合図を出したらスキャナーの前で起立するように』


「こないな大会出てる時点でアタシも人のこと言えんけど、こないな大会やってるあんたらも、ホンマ紙と手続きがお好きな連中やな」


『私語は慎め。……大阪予選優勝か。見事だな。証明書を提出してもらおう』


「はいはい、穴が開くまで見るとええわ」


『……確認した。続いて、病歴証明書及び健康証明書、血液検査書、ここ三ヶ月の行動履歴、居住地区の外出許可証及び滞在地区の滞在許可証を提出してもらう』


「……あんたらジブンらがルール運用してるみたいなツラしとるけど、その辺の法<ルール>は管理人はあんたらちゃうやろ? "人権条項により提出は任意だ"って一言付け加えんと、後でこわ~いお兄さんに怒られても知らんで?」


『……"これらの書類は人権条項により任意提出だ"、ただし、提出されない場合は出場権は剥奪、失格扱いとし公式戦績上では敗北とカウントさせていただく』


「へ、へ、へ、安心せーや、心配せんでも書類はそろっとるわ。穴が開くまで見とけ、治療中の残尿の詳細も書いたるわ、役得や思ってよう読んどけよ」


『生憎だが、オーサーの病歴を確認して喜ぶ趣味はないんでな』


「冗談通じんやっちゃな、分かっとるわそんなこと!……タダで個人情報くれてやるのは腹立つから駄賃の代わりに憎まれ口叩いてんねん、ほっとけや」


『……勝手にしろ』


「なぁ、朝も早よから書類、検査、書類、検査、ケッキョク、これあといくつ続く? もういい加減カードのコンディションにもかかわってくるわ」 


『お前の場合は次に尿検査、血液検査、呼吸器検査、レントゲン、防護スーツ検査、全身滅菌手続きの後にデッキ登録、デッキ滅菌……まだ説明が要るか?』


「……ちょっと待てや、おかしないか? 血液検査書はもう出してるやんけ。なのになんでまた採血されなアカンねん?」


『"管轄"が違うからだ』


「"管轄"やと?エキスパートルールにはそないな項目無かったやんけ!」


『それはお前の読み込み不足だろう。血液検査書は第0条特別条項、つまりは国家衛生秩序維持法の求めるところによる提出書類だ。大会参加者の病歴把握に対して確認のための書類。一方で、これからやる血液検査はエキスパートルール第1条第7項、つまりはオーサーシップの求めるところによる検査項目だ。大会告示にも書いてある。管轄はIHATADA、International Hobby and Toys Anti-Doping Agency』


「……なんやそのけったいな横文字の連中は」


『ようは、ドーピング検査だ』


「……勝手にせえや」


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第28回全国大会<バトル・パラダイム>運営規定上、参加選手の受付内容は全て動画として記録され、以降100年間保管されることになっている。動画は現在山梨県にある株式会社&・'-'・&のインフォーメーションセンターに厳重に保管されており、厳しい審査手続きを経た関係者しか閲覧することは出来ない。ただし、いくら関係者と言えども、これらの動画の全てを見ようとする者はまずもって存在しないだろう。全参加選手の動画が保管されていると言っても、そのどれを見ても映っているものは基本的に同じ、混迷を極める受付の様子にすぎないためだ。


しかし見られもしない記録でも、こうして後の世に残っているだけ幸運だった。何故ならこの受付を通れなかったオーサー達は、そもそも参加選手とは見なされず、よって動画記録を保管する必要もなかった。アリス・クロスガワのエントリーナンバーは34。記録動画の管理番号も同じく34。自らの受付の記憶を振り返り、「面白いものが聞こえるから、動画見るんならよう耳を澄まして聞いとけや」とケラケラ笑うクロスガワ。およそ10分程度の動画の端々には確かに、公式記録には残らなかった当時の混乱、絶望、そして悲嘆の様子が、克明に映し出されていた。


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『いやだぁ!!!やめろ!!!離せよ!!!』


「止めろ。ここやここ。アタシの手洗いシーンの裏、騒いでる男の声が聞こえるやろ? これはエントリーナンバー24、<無用の長物>トウシ・ハガクレの声や。コイツも関西ではまぁそこそこ名の知られたオーサーやった。ドマイナーなカード使ってドマイナーなシナジー見つけて勝ちたがるプレイが身の上やったんやけど、まぁ、そういう性癖が災いして目立つ場所にはなかなか立てん奴やった。アタシも何度か対戦したことはある。強いは強かったんやけどな。なんというか。あれや。低い山でお山の大将やっとる方が性に合っとるとか、そういう奴やった」


5分35秒。動画の中の若かりしクロスガワは、手の滅菌手続きにブツクサ文句をこぼしていた。しかし言われてみるまで気づかなかったが、その声の後ろにはうっすらと、この世のものとは思えぬ悲鳴が木霊している。『いやだぁ!やめろ!離せよ!』『ふざけんな!誰だよ!?』『やめろ!触るんじゃねぇよ!』たった数秒の出来事だったが、その声は徐々に会場から遠ざかっていき、また再び、動画からはクロスガワの愚痴しか聞こえなくなる。しかし動画の中のクロスガワはというと、とくに表情を変えるでもなく、その異常な事態をただ淡々と"無視"していた。


「バカなことしたわ。虚偽申告したんやて、行動履歴。変に勘繰られたくないと思ったんやろな。なんや母方の実家周りでレムリアウイルスが出たの知ってて、実家帰った記録、軽い気持ちで誤魔化したらしいわ。本人も別に病気は持ってなかった。分からんけど、正直に言えば済んだ話やったんやろなとは思う。でも、嘘は嘘や。SNSから足ついてあっけなく大会運営にばれた。チクられたって噂もある。エキスパートルール第13条第5項、『国家衛生秩序維持法規定書式その他これに類する書類の偽造に対する処罰は第10条第8項規定に準ずる』……、エキスパートルール第10条第8項規定って、何について書いてある規定か、アンタ知ってるか?」


我々が「不勉強で申し訳ありません」と答えると、クロスガワはこれ見よがしに肩をすくめる。「カードの偽造。本来なら海賊版作ってる業者に見せしめに載せてる規定の流用や。そもそもがプレイヤーに適用されるような規定やないねんこんなん。せやから、罰則は一発失格」と説明し、またへ、へ、へと笑った。


「今でも鮮明に覚えとる。第28回全国大会<バトル・パラダイム>には128名の出場枠があった。せやけど実際に出場できたんは120名。8名の内訳は、第13条第5項違反の書類偽造で失格になったんが<無用の長物>トウシ・ハガクレ、第13条第1項の手洗い規定に従わなかったんが<見栄っ張りの意地っ張り>シューサク・"インパクト"・ワラシダ。まぁ、こいつらはジブンがルールちゃんと読んでなかったのが悪いとこもあるから同情は出来んわ。可哀想なのは他の3名、第13条第6項の違反者やな。これの流用元は第10条第9項、ようはスリーブとかダイスに関する不備規定なんやけど、まぁ、もうちょっとしたら後ろ通ると思うから、みとってみ」


9分44秒。動画の中の若かりしクロスガワは、レントゲン検査、尿検査、血液検査の立て続けに早くもやる気を失っていた。あまり見るべきものではない個人情報を見ているような気がして、早送りのボタンを押そうとした筆者の手を、当の本人であるクロスガワが強く押し戻す。「ここ、見てみ」緑に光る彼女の指先は、モニターに映る会場の奥の奥、通用口のあたりの人影を捉えていた。黒いスタッフ用防護スーツ数名に囲まれ、背中を丸めて極度に瘦せ細った女が会場を後にする姿が見て取れる。数秒の間、私はその違和感に気づけなかった。おかしい。そもそもなぜ私は、彼女が「極度に瘦せ細った女」だと見て取ることが出来ている?


「そこに映ってるのは<根性論>のチカリ・イシノ。アタシもあんま話したことなかったから知らんけど、なんや、大会当日までに用意できんかったらしいわ、防護スーツ。金に困っとるのは都市封鎖前から聞いとった。行政支援で貰ったスーツまで二束三文で転売して、苦し紛れに薄手のやっすい簡易抗菌コート買って出てみたらしい。けど、あかんかった。スマイルハートがハネたんやない。国家衛生秩序維持委員会の人間がハネた。今見たらところどころ手縫いの跡もあるな……、こらアカンわ……、当人の気持ち考えるとなんとも言えんけど、お役所の理屈で言えばケッキョク、素人の手縫いなんて穴だらけの未管理品と同じやからな」


「『国家衛生秩序維持法規定防護スーツその他これに類する防護服の不備に対する処罰は第10条第9項規定に準ずる』……防護スーツの不備で追い出された連中は、<根性論>のチカリ・イシノ、<一匹狼>カケル・アマノガワ、<大陸追放>ホウシン・ファンの3名。アマノガワは20年前の旧世代防護スーツ着こんできて、品質未達で失格処分になった。なんでもPAO一緒にやっとったお父さんの形見やったらしいわ。ファンは大陸ではブイブイ言わしとったオーサーやけど、ゲームルールは読めても国家衛生秩序維持法のお堅い文面は読みきらんかったらしい。向こうから着てきた防護スーツが日本の規定に合わんくてジャッジにムリクリ退場させられた」


そこに映っていたのは、我々にとって既に当たり前になってしまったはずの光景が、まだ当たり前にはなっていなかった18年前の社会だった。ウイルス蔓延る危険な汚染許可指定区域の中で、薄手の抗菌コート一枚を纏って恨めし気に会場を見つめるチカリ・イシノの姿は、我々の目にはもう、あまりに「奇異」で「危険」な光景に見えてしまう。しかしそうした光景を、会場にいる18年前の人々は、ただ淡々と"無視"していた。その姿が正しいのか、間違っているのか。そんな判断は自分には出来ないと自らに言い聞かせるように、目の前にあるカードゲームに向けて、彼らは皆、ただ淡々と手続きを進めていた。


「脱落者8名の内、5名はなんとか開場まではたどり着けた人間。残りの3名の内訳は、地元の役場から外出許可書が発行されなくて県外に出られなかった<ド田舎の英雄>アキトシ・ネオ、なんや『もしも遊びで東京まで出るんやったら二度と帰ってくるな』って地元で反対運動まで起こされたらしいで。もう一人は当時DADZに感染して札幌の隔離病棟におった<伯爵>テンモン・クロガイ。最後の最後まで代替人体で参加するつもりやったらしいけど、やっぱりDADZは指があかんようになる。遠隔ではファローシャッフルが出来んくて医者が止めたらしい」


あれだけ饒舌だったクロスガワの舌先も、7名の脱落者の出自を語り終えたところでピタリと止まった。気の早いカメラマンが『最後の一人はどうだったのですか?』と問うと、クロスガワは映像を見ながら、ただ淡々と、「その質問自体が、このインタビューを受けた意味になるのかもしれんな」と、解答でも質問でもないトーンの独り言を漏らした。「当時はそんな質問されるわけがなかった、何故なら聞いてもしょうがないし、答えは聞くまでも無かったからや。最後の一人<遅刻魔>ヒカリ・ハマダは、第10条第12項1号の規定により、受付時間終了までに受付を済ませなかったので不戦敗になった。記録上は、無断遅刻として処理された」


「パラダイス・アンド・オース・エキスパートルールの有名な欠陥なんや。ルール上、オーサーには死が許されてない。大会の参加辞退は本人しか申請出来んよう規定されとるけど、死んだ人間に申請なんか出来るわけがない。せやからルール的に言うと、オーサーは"死んではならない"。大会前に死んだオーサーは、記録上、無断遅刻として処理される。死んだが最後ずっと遅刻の常習犯扱いや。そうして無断遅刻を繰り返すと、今度は第10条第12項2号の規定により、ライセンスの期限切れ罰則に引っかかって一年で登録が抹消される。死ぬと、罰せられる。PAOは死んでもやめられん。……罰としてゲームから追い出されんねん!どや、おもろいやろ?」


「ま、ハマダは死ぬ前から<遅刻魔>呼ばわりされとるような奴やったけどな」


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――第28回全国大会<バトル・パラダイム>は、<性根の腐った>クロスガワさんにとってどのような大会でしたか。


「一言で言えば転換期やったんやろな、とは思うわ。こんなん誰にでも言えるやろうけど。PAOの客層は大きく分けて4つの時期に分かれる。まずは1998年から2008年にかけての第1期。ゲームルールが未整備でジャッジがガバガバだったのを良いことに、イカサマ上等のオタクどもが店員の目盗んで平然とカードすり替えとった時期や。次に2008年から2018年にかけての第2期。ゲームルールが未熟でジャッジが厳格だったのを良いことに、陰湿丸出しのオタクどもが相手の揚げ足をとって不正者に仕立て上げる戦法が蔓延っとった時期や。そして2018年から2038年の第3期、2038年から現在に至るまでの第4期の接点にあったのが第28回大会やった」


――なるほど。では、第28回大会が節目となったというPAOの第3期、第4期はそれぞれどのような時代だったのでしょう?


「第3期VVVは……本来ならジャッジが厳格すぎてゲームが荒れた第2期の反省を生かし、プレイヤーの代表であるマスター・オブ・オーサーズがオーサーの視点から法<ルール>の運用を最終管理する、という時代になるはずやった。ただまぁホウジョウには悪いけど、実際には暗黒時代と言ったほうが正確やろな。ウイルスによる都市封鎖が始まって、PAOには大きな穴が開いた、言うなればゲームとしての空白期になった。時代が悪かった、としか言いようがないわ。2020年には画期的な体制だったのかもしれんけど、2038年には第3期体制はムリクリ甦らされた死法でしかなかった。空白の18年を無理に取り戻そうとしたから、ルールの歪み、都市封鎖時代である第4期へのアップデートの全てがこの大会にはのしかかった」


――『ルールの歪み』ですか?


「そうや、歪み。分かりやすいところで言えば<無用の長物>トウシ・ハガクレの失格やわ。さっきも言った通り、あいつのデッキはドマイナーもいいとこで一発勝負の大会では何してくるか得体が知れんメタ外特有の怖さがあった。トップメタはってるデッキならともかく、徹底したアンチメタ、アンチメタ狩り狙ってる連中までいくと、あないな小石みたいな存在でも踏むと尖ってて予選から転がり落ちることはザラにある。せやけど正直なところ、<抗菌仕様のレギュレーション>のルール運用を考えたときに、トーナメントからハガクレ消すのはそない難しいことではなかった。アイツがしょーもない女と乳繰り合うためにLinkageのしょーもない裏垢で毎日しょーもない夜遊びの自撮り上げてたのはみんな知ってたからな」


――……他の参加選手がハガクレ選手を密告したと、そう仰っているのですか?


「……おいおい、滅多なこと言うなや。密告てなんやねん。ルール上報告しなければならない不備を報告するのは全プレイヤーに義務付けられとるし、なんなら国家衛生秩序維持法で全国民にも要請されとる。仮にそれが密告なんやとしても、アンタは立場的にそれをこう表現せなアカンはずやろ、<善良なオーサーによる善意の通報>と。これも一種のジャッジキルまわりの問題とも言えるんやろうけど、最早そないなお遊びの都合の話ちゃうやろ? 善良なオーサーによる善意の通報が巡り巡って特定のプレイヤーに対して有利に働くとして、PAO大会本部がそれを止めるとでも言うんか? 国家衛生秩序維持委員会の目の前で?」


――しかし、過度に相手の違反を指摘することで審判裁定によりゲームを有利に進めようとする行為はエキスパートルール上でも禁止されているでしょう。


「……せやな。エキスパートルール上はな。でも国家衛生秩序維持法上はちゃうで。だからこそ、今回の大会ルールは欠陥品やったって最初から言ってんねん」


――そこで、冒頭にお話ししていただいた話に繋がる、というわけですね。


「アンタ、<抗菌仕様のレギュレーション>の特別条項って読んだことあるか?」


――はい。『マスター・オブ・オーサーズ及びPAO大会運営委員会は、国家衛生秩序維持委員会と協議の上、ゲームルール運営における国家衛生秩序維持法との整合性を図り、その指導勧告の内容を既存のパラダイス・アンド・オース・エキスパートルールと等しく扱うものとし、また全プレイヤーにそれを告示する責務を負う』


「それや。その文面の欠陥こそが、この大会の欠陥の全てやった」


――それは具体的に、どの文面についてなのでしょう?


「第28回全国大会<バトル・パラダイム>は、二つの法<ルール>によって動いとった。二つの法<ルール>は、二つの組織よって動かされとった。そして二つの組織には、二人の法<ルール>管理者がおった。だから、パラダイス・アンド・オース・エキスパートルールと国家衛生秩序維持法、その二つの法<ルール>をつなぐ新たな法<ルール>として、その第0条特別条項があった。せやけどな。この文面には、互いが互いのメンツを保つために、肝心なことがまるで書かれてない。整合性って具体的になんなんや? 協議がまとまらんかったらどうする? パラダイス・アンド・オース・エキスパートルールと国家衛生秩序維持法、二つのルールが相反する場合、一体どちらの裁定が適用されるのか、や」


――確かに、文面からは実際の運用までは読み取ることが出来ませんね。


「船頭多くして船山登るって言葉あるやろ。アタシ、あの言葉だいっきらいやねん。聞くたびにアホちゃう?って思うわ。船頭だって人間や。社会的動物や。全くおんなじ船頭が意見だけ変えてバラバラに好き勝手に動くわけやない。船頭の社会にも上下関係があって、力関係があって、そこには社会システムとして一つの総意が生まれる。法<ルール>の格として、エキスパートルールと国家衛生秩序維持法は同じか? んなわけないやん!かたや曰くつきの前科者、風前の灯火の紙遊びのゲームルール。かたや国民国家を守る法制度に存在する立派な法律や。何を言わんでおったって、下位の法<ルール>は上位の法<ルール>に従って書き換わる」


――それらの事実を理解した何者かによって、トウシ・ハガクレ選手は<善良なオーサーによる善意の通報>による盤外戦を仕掛けられたということですか。


「それはちゃうな、ケッキョク、根本的に誤解しとる」


――失礼しました、何か解釈の違いがあったでしょうか?


「……あれを盤外戦と呼ぶようなら、もうオーサー<誓約者>は名乗れんわ。何故ならパラダイス・アンド・オース・エキスパートルール自体が書き換えられてるんやから、それはもう、立派なゲームルールの一部としか言いようがない。マリオネット北条なんてハナかっら頼りにはしてへんかったけどな、最後の最後どうしても判断つかんときはスマイルハートにFAXでルール確認取りよるから、アイツ。でもまぁ、腐ってもアイツはゲームルールの統括者やった。ただ、第28回大会については、奴が権限のある法<ルール>管理者とはだーれも思っとらんかった。真の法<ルール>管理者は他におった。そして、ソイツがパラダイス・アンド・オースというゲームのルールをどう運用する気なのかは、当時はまだ、誰にも分からんかった」


――その人物の名前を、教えていただいてもよろしいですか。


「おう、ええで。あん時もらった名刺、スリーブ入れて、アルコール耐性スリーブ入れて、抗菌プロテクター入れて、二度と忘れんよう窒素封入して未だにコレクションボックスに保管しとるわ。"国家衛生秩序維持委員会、民間行事管理部、大型イベント等管理課、スポーツ及び国際会議統括局、一等監察官ショウコ・シロクラ"。……いけすかん女がいけすかんスーツ着て歩いとるようないけすかん女やったわ」


<後半へ続く>


===


<インタビューイ紹介>

<性根の腐った>クロスガワ/アリス・クロスガワ


2017〜2019東西対抗戦西軍主将。<神童>、<性根の腐った>クロスガワの異名で知られる関西を代表するベテランオーサー。5歳からPAO競技シーンに参加し、9歳で和歌山代表の座を射止め「畿内の産んだ稀代の天才少女」を自称した。関西戦・アジア遠征では無類の強さを見せるが、関東戦・ヨーロッパ遠征ではイマイチ結果を残せないなど、環境がプレイを大きく左右する当たり外れの多いオーサーでもある。モットーは「デカく張ってデカく勝つ」だと公言するギャンブル性の強いデッキ構成だが、これは所謂ブラフで、大会になると緻密な計算でリスクヘッジに重きを置いたデッキを愛用することで知られる。「プレイ中の不要な会話による警告」の歴代最多記録を持つが、退場処分までには至らないそのクレバーなプレイスタイルから敬意を込めて<性根の腐った>クロスガワと揶揄されている。


【主な戦績】

第24回全国大会 ベスト16

第25回全国大会 ベスト4

第26回全国大会 ベスト16

第27回全国大会 ベスト16

第28回全国大会 ベスト16

第15回七大陸対抗戦 予選敗退

アジアカップ2015 ベスト8

アジアカップ2016 ベスト8

2017東西対抗戦 総合優勝(MVP)

2018東西対抗戦 敗北

2019東西対抗戦 総合優勝

ジェノサイド・アイランド・バトルトーナメント ベスト32(死亡)

人権争奪シャドウ・インスティチューション   人権剥奪(のち復帰)

オールレアアンティ・サバイバル・ネイション  3,600,000円(途中離脱)


[1] 2046年刊「Paradise and Oath 50年の歩み」 P248


聞き手/文責:赤野工作

編集:プレイヤーズ・チョイス編集部 2056/04/29

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楽園追放パラダイス・アンド・オースVVV(トリプルV) 赤野工作 @Alamogordo

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