第5話 想い揺れても咲き誇るために

 すっかり空気も温かくなり、都の街路のあちこちで花が彩る季節になった頃。

 俺と師匠は贈与士ギルドから急ぎの用事とのことで呼び出されて、首都の本部を訪ねていた。

 いつもギルド長からお叱りのために呼び出されるので、何事かと恐々しながら受付へと向かう。


「ミアさん、早めに来てくれてよかった! 郵便物が届いていますよ」


 笑顔がトレードマークの受付さんから、要件を聞かされてきょとん、とする。


「郵便物、ですか?」

「この間の依頼に関するお礼、とのことです。なんでも子爵夫人からだそうですけど」

「子爵夫人……もしかして、カーク子爵の奥さんのナデシコさんでしょうか?」

「そうです、そうです。あれ、ですがミアさん最近そんな依頼受けてましたっけ? ミアさんの場合は交易網に影響を与えることが多いから、貴族階級の依頼については必ずギルドを通すように、とギルド長から言われていたような……」

「あ、あの! その郵便物ってなんでしょうか!?」


 ミアが受付嬢の言葉を遮りながら慌てて話す。

 今までやらかしたことがあるから、ギルド長から目をつけられていることは、組織末端の受付嬢でも周知の事実だ。

 というより、今回の件に関しても影響が大きいので、暗躍したことが発覚したらお叱りが飛んでくることは間違いない。


「これです。お手紙と、生菓子です。なんでも和みの国のお菓子で、黒潮水を使ってるそうですよ」

「へえ、あのしょっぱい黒潮水でお菓子が?」

「ぜひ、食べてみてください。奥さん、すごく優しくて、ミアさんの分だけじゃなくて私たちの分まで作ってきてくださったんですよ。すごくおいしかったです~」


 思い出したのか、とろけた顔を浮かべる受付嬢の様子に、ミアも顔を輝かせた。



 ◇



 ギルドの外に出て、近所の公園へと移動し、ベンチに座る。

 ひざの上で油紙の包みを開くと、メープルシロップのようなソースのかかったつるんと輝くマシュマロのようなものがでてきた。食べやすいように、3個並んだ状態で木の棒にささっている。

 ミアから、はい、と手渡しされ、一つ受け取ってほおばる。

 つるっともちもちした食感。黒潮水独特のしょっぱさとともに、砂糖のやわらかい甘さが口の中に広がっていく。しょっぱい味と甘い味がいいバランスになっていて、やさしい甘さが引き立ち、甘ったるいものが苦手な俺にとってはとても食べやすい。


「うまい」

「ん~、本当ですね! 手紙にちょっと書いてあったのですが、“ミタラシ”っていうそうです。しょっぱさに甘いものを足すなんて、すごい大発明です。いやあ、これだから他の国の美味を探すのってやめられないんですよ」


 俺の感想に対して、恍惚とした表情でミアが同意する。


 1つ“ミタラシ”を食べ終わったところで手紙を開いて本格的に内容を二人で読んでいく。

 そこには、カーク子爵と夫人の感謝の言葉とともに近況が書かれていた。



 結婚半年記念の晩餐会の時に、ナデシコさんが腕をふるい、その料理がとてもおいしく、子爵をはじめ使用人たちの舌を虜にしたそうだ。そのあとより、使用人ともより親しくなり、厨房に関してはナデシコさんが主に取り仕切るようになった。先日自宅に友人を招いた際にも絶賛されたそうだ。

 ちょうど同時期に王女殿下が料理を趣味にしている、と噂が流れたことも追い風となった。ナデシコさんが料理をすることは違和感なく、むしろ尊敬されるものとして受け止めてくれる人が増えた。よく訪ねてくる姑さんに関しては相変わらずだが、使用人とも連帯してフォローし合うことによって乗り切っているという。



「ふふふ、うまくいっているようで何よりです」

「よくもまあ、うまくいったもんですね。王女殿下には、料理を趣味にしている、と言ってもらっただけなのに」

「王女殿下は人気が高く、流行の最先端を握っている方ですから。そもそも料理をしないことも特に理由のない、なあなあな慣習だったので、簡単に覆ることができると思ったんですよ」

「にしても、ここまで大きい反応が出るとは思わなかったですが」


 先ほどのギルド受付嬢が手作りのお菓子を持ってきたことに拒否反応を示さなかったことも変化の一つ。他にも、都で食料品店が繁盛したり、調理器具の店が増えた。子爵が出資している交易会社も収益が大きく増大したとのことである。


「今度、ナデシコさんが料理を趣味にしたい、という婦人がた向けに料理教室を開くそうです。これで、和みの国の料理がより広まったらいいですね」


 それでさらに調味料や食料品関連の需要が増すし、交易や経済にも影響を及ぼすだろう。

 贈与士は、贈り物を紹介するだけではない。時に、紹介したものが大きく社会に影響を及ぼす。ミアのような王族と交友があり、他国の事情にも精通した一級贈与士なら、その影響は計り知れない。

 だから、ギルド長がミアの首に縄をつけたくなるのも当然といえる。


(以前、ギルドで紹介キャンペーンしようと思った贈与品に対して、ミアが王族に対して贈った品物の方が話題となってしまい、その贈与品を作った会社からクレームが来たなんてこともあったからなあ……)


 世の流れをとらえつつ的確に相手の望むものを読み解く師匠の目利き力の高さを証明している、ということでもあるのだが。

 それにしても……。


「なんというか、うまくいきすぎな感じもしますね。世の中の流れは王女殿下が絡んでいるのでむしろ当然としても、うまい具合にナデシコさんの地位が向上するなんて。それがあったから、気の病もよくなったんでしょうね」


 俺が自分の考えを口にすると、むむ、とミアが眉根をよせた。


「ナデシコさんが社交界で地位を得る、というところは確かにうまくいきすぎた気はします。ですが、ナデシコさんが落ち込みから回復したのは別の理由だと思いますよ」

「え?」

「レガロ君は、カーク子爵が黒潮水をナデシコさんに渡すって、どういうメッセージになると思いますか?」


 ミアが空色の瞳をきらめかせながら問いかける。

 贈り物に込められた意味を正しく読み取る力も贈与士として必須の技能だ。

 考え込んだ末、俺は口を開く。


「それは、君の故郷を知りたい、とか?」

「んふふ、いい線いってますが惜しいです。子爵で、かつナデシコさんの背景を考えると?」

「もしかして、貴族の慣習にとらわれず、異国の習慣を認める、というアピールである、と?」

「はい。慣習に気にせず、異国で育った君の存在をきちんと受け止める、という意味になります」


 それは、遠回しに言えば、妻を支えていく、とミアに叫んだ子爵の気持ちを汲み取ったものとも言えた。


「カーク子爵には、この贈り物にそういう意味も含まれる、ということを伝えています。そして、使用人にあらかじめナデシコさんが偏見を受けることなく厨房に立てるよう根回ししてくれって、頼んでおいたんです」

「となると、ナデシコさんの気の病って結局なんだったんですか?」

「異国の地で、今まで培ってきたものを無下にされたら、レガロ君だったらどうなります?」

「そりゃあ、自信無くします」

「そう、そしてそこへ役立たずなど蔑む言葉をかけられたら、憤るよりも落ち込んでしまいます。むしろ無力感から、自分には居場所がない、そう思うでしょうね。ナデシコさんには、自分の力がこの地でも生かせるんだっていう実感を持てることが大切だったんです」

「なるほど、だから根と花、だったんですね」


 数週間前にミアが漏らしていた言葉を思い返して、反芻した。

 子爵が根として確かな居場所となったからでこそ、ナデシコさんは風に揺られても耐えられる強み、茎をのばして花を咲かせることができた、と。


 手紙を読み終えたところで、ミアはまたひとつ、包みから“ミタラシ”を取り出した。


「それにしても、このお菓子絶品ですね。ナデシコさんには本当に感謝です」


 串に刺さった餅にかぶりつき、頬をリスのように膨らませて、ミアが至福の表情を浮かべる。


「師匠、そう言えばカーク子爵が食品会社に出資してると聞いた時に、目の色を星銀ステリヴァのように煌めかせてましたよね?」

「えー、そうでしたかあ?」

「もしかして、流通網を広げて、いろんな特産物を食べやすくするために、今回意欲を出したとか、ではないですよね?」

「そんなことはないですよぉ」


 嬉しそうにミタラシを頬張る村娘の表情からは、まったく信用ができない。


「そうそう、和みの国ではこのように菓子を食べながら、桃色の花を眺める風習があるそうですよ? いつか、この国でもやってみたいですね」


 呑気な師匠の言葉に俺はため息をつく。

 足元には、春風に揺られるパンジーやチューリップなど様々な花が花壇を彩るように咲き乱れているというのに、公園に来てからまったく見てないのだから。

 きっと和みの国の花があっても、この師匠は菓子に夢中になるんだろうな、と場面を容易に想像できて俺はため息をついた。

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春風ひとつ、想いを揺らして~贈与士ミアの贈与録(ギフト・ブローシュア)~ 螢音 芳 @kene-kao

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