名家の庭に咲き誇る見事な藤の花。
枯れる事なく花を咲かせ、その下には緋色の瞳をした鬼がいるとも。誰が言い出したか、いつしかその藤は「鬼憑き」と呼ばれるようになる。
臥せった身から、その藤に癒され病を克服した一人娘の薄紅(うすべに)。彼女の前に時折姿を見せるという鬼。そして彼女の失われた記憶——。
すすす、とページをめくり進めていくように、一話ごとは短いながらもそこにしっかりと情景や人物の感情が描写されており、その手腕は本当にお見事。
またそれぞれの話のタイトルや、色彩の表現が脳裏に鮮やかに浮かび上がるように美しく纏められていて、一気に最後まで読んでしまいます。
切なく、儚く、哀しくも思えるけれども美しい。その想いはまるで藤の花言葉のよう。
薄紅の記憶とは、鬼とは一体。
そして藤の花の下で待つものは——。
どこか幻想的で、妖艶な恋物語。
藤の花の香りに誘われ、タイトルやあらすじに惹かれたアナタ、この世界へ是非。
年中咲き誇る藤の花、白髪の鬼、夜ごと重ねられゆく密やかな逢瀬──耽美なモチーフが織りあげる幻想的な和風世界観に、虜にならずにはいられませんでした。
良家の娘とあやかしの切ない恋路を綴った本作ですが、物語そのものに妖力が宿っているようで、一文一文の美しさに耽溺します。登場人物もさることながら、何と言っても流れる情景描写が魅力的。夢中になって読み進めるうち、噎せ返る藤の香がしずかにわたしたちの肺を侵し、気づけば遅効性のあまい毒に蝕まれている。そんな読後感を覚えました。
藤棚のささめきがまだ鼓膜に残っています。儚くも鮮烈な恋の行方、胸を締めつけるようなその結末には心ゆくばかりです。
とても素敵な物語でした。きっと忘れられないと思います。