8.罪
この生き苦しい世界で、私が私である意味が一体どこにあるというのだろう。私だけで逃れえないものに立ち向かおうというのは、愚かでなくてなんと言う?
適材適所、向き不向きで物事を論じるのなら、私は社会の成員であるべきではなかった。
誰かが望んだかもしれなくても、私が望まなかった生だった。神話に語られる異形の子だって、自分の醜悪な様に嘔吐したに違いないのに、どうして私がそうでないと言えただろう。
人を愛せなくてごめんなさい。
善意で救われなくてごめんなさい。
人間に生まれて、ごめんなさい。
そんな謝罪が無意味なのは、誰も聞いちゃいないからだ。私が拒絶して、遠ざけて、遠くに来てしまったからだ。
だから、誰も私を赦さない。いつまでたっても赦されない。
贖罪が無価値なのは、そもそも罪なんてものはどこにもないからだ。
すべては「気のせい」の一言で事足りる。不適応の因果を言葉の容に押し込めて、押し付けるための道具が“罪”なのだから。人間の優越性は、想像と、創造にこそ宿っている。
“罪”なんてものを生むという、その一点において。
それは名前のない罪で、元をたどれば存在すらしないものだ。ゆえに償いの機会はなく、幻の形をとって私に寄り添う。
これでよかった、と私は言うだろう。これがよかった、と頬を緩めて、彼女の様に薄く笑うだろう。
私が妄想で、彼女が私。最初からそうしていればよかった。名前を持たない人でなしの木偶の坊でも、彼女の方がよっぽど社会性に満ちている。
人に触れても吐き気がしない。電車に乗って遠出だってできるだろう。もしかしたら、あの皮肉が誰かを笑顔にするかもしれない。
それはきっと、幸福な私だ。
手を伸ばそうとしても、切り落とされた腕の断面を覗くしかない私には、決して得られなかったものだ。
人であることを肯定したかった。
無垢な善意に救われていたかった。
人間を、愛していたかった。
けれど、それが叶わないと私は知っている。彼女だって、よくわかっているだろう。
だから、これでいい。これがいい。
これ以上、罪を生み出さないために。
これ以上、贖罪を必要としないために。
人間でしかありえない私は、もう、いらない。
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