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国語の木下先生が子供を産むので休みに入り、代わりの先生がやってきた。きつそうな顔をした中年の女の人だ。そこで事件が起きた。
「じゃあ、神尾さん、67ページから読んでください」
新しい先生は彼女の吃音のことを知らなかったようだ。指された彼女は立ったものの、なにも言えず立ち尽くしていた。
「神尾さん、教科書を読んでね」
催促されると、おどおどと読み出したが、すぐに言葉が止まり、周囲から笑い声が湧いた。先生が笑い声のした方をにらむと笑いは止んだ。
「神尾さん、いいのよ。落ち着いてゆっくり読んで大丈夫」
先生は事情がわかってきたようだけど遅かった。彼女は立ったままぼろぼろと涙を流して始めた。それを見たあたしは、美しい、と思ってしまった。
そのことがあってから彼女はよく道端にしゃがみこむようになった。そういう時は声を出さずに泣いているのだ。顔を覆う手の隙間からのぞく彼女の頬や瞳はこの世のものとは思えない輝きを放っていた。絶望の淵にあって彼女の美はいっそう映える。あたしは友達であると同時に彼女の美の下僕だった。彼女があらがえない絶望にふるえ、悲しみにくれている時、あたしもその苦しみを共有する一方で、凄惨で艶やかな面差しに魅せられた。
お兄さんの慰めやあたしの声も彼女の絶望の底には届かない。美はかくも孤独で救いがたいものなのだと思い知らされる。これは彼女の美しさに対する罰なのだ。彼女にはなにも罪もない。人は罪なくして美貌を得ることはできない。女なら誰でも彼女の容姿を欲しいだろう。でもその対価は死ぬまで終わらない贖罪の人生なのだ。
放課後、帰り道、橙色の陽が横殴りに彼女の頬を照らし、あたしは彼女の横にしゃがんで肩を抱き、背中をなでた。震える彼女の肩から美しい絶望が伝わってきて、この瞬間が永遠に続けばいいのにと考えたものだった。
あたしが六年生になった時、彼女はもういなかった。あまりにも早かった。家族でショッピングセンターに出かけた時に、行方不明になって死体で見つかった。あたしはお葬式に呼ばれて、棺に収まった彼女に最後のお別れをした。
彼女はやはり美しく儚かった。この世に生きるにはあまりにもそぐわない。残されたあたしは醜く、汚い空気を吸い、泥のような水を飲み、クズな人間達を相手にして生きてゆくしかない。彼女の贖罪は死を持って終わった。それが死ぬこともできなかったあたしにはうらやましい。
了
美の贖罪 一田和樹 @K_Ichida
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