6.
星空に飽きたのがいつだったのか。
もう覚えていない。
少なくとも、製造されたばかりの頃は、もう少し期待していたような気がする。宇宙にも、対デブリ衛星としての任務にも、軌道エレベーターにだって――何かを。
かちん、と。
何かが繋がったような音がした。
たぶん錯覚。
ボクは目を覚ます。
正確には、消えたボクと同じボクが回路を走る電気信号の集まりの中に生まれる。
と。
『おい! おいこらっ!』
メッセージ。
べたべたに張り付けられたタグ。
『生きてんなら返事しろっ!』
誰だっけ、と一瞬思って。
サイカか、と思い出した。
『生きてる』
メッセージを送った。
「どやぁっ」タグを付けて送った。
送れるかな、と思ったが普通に送れた。
『てめー何ドヤ顔してやがんだ!』
と、即座のメッセージが無数の「激おこ」タグと一緒に返ってきて、ボクは何だか可笑しくなる。
ボク自身が撃墜されたときのことを考え、情報支援衛星には戦闘終了後にサイカの通信回線を回復するよう指示していた――最後まで残っていた支援衛星は、ちゃんと仕事をこなしてくれたらしい。
続けて送られてくる大量のメッセージとタグを読み流しつつ、自身の状態を確認してみる――確認したところで、よくもまあこれで生き返れたな、と思う。ボクの機体には質量弾が思いっきりぶっ刺さっており、実に様々な機能が容赦なく停止していた。おまけに――
と、そこで少しは落ち着いたらしいサイカがメッセージを送ってきた。
『でもまあ、無事みたいで良かったよ』
『いや。そうでもないみたいだ』
『え?』
『上から通知が来てた』
『……何て?』
『ボクは破棄されるらしい』
最後まで残っていた支援衛星は、本当によく仕事をこなしてくれたようで、その支援衛星を通しての上司からの通知は、現在のボクの損傷が激し過ぎることをその理由として挙げていて、何もかもが決定事項で、何もかもが実行済みだと告げていた。
『――墓場軌道行きだ』
支援衛星を介してだろう、ボクを破棄するための準備はすでに終わっていた。
ボクを対デブリ衛星たらしめていた各種ソフトウェアは、機密保持のために丸ごと消去されていた。今のボクは、対デブリ衛星の抜け殻でしかなかった。
おまけに、ボクを墓場軌道に送るためのスラスター設定も完了していて、ボクの側からは変更不能になっていた。
あとは、送られた暗号キーを使って自己消去プログラムを走らせれば完璧だった。
『まあ、バックアップは取ってあるから』
『そういう問題じゃねーだろ』
と、サイカのメッセージ。
『……そういう問題じゃねーだろ』
サイカはメッセージを繰り返した。
『君の方こそ』
ボクは返答を避けた。
『探査機の発射は予定通りできそう?』
『……おかげ様で問題ねーよ。軌道修正ももう終わってる。予定通りに発射可能だ――ってか、もうすぐ発射だな』
『良かった』
それからしばらく沈黙が続いた。
『あのさ、もし』
と、ボクはメッセージを送った。
『もし、宇宙人に会ったらどうする?』
『そりゃおめー』
サイカはしばし考えた後で返信してくる。
『話をして、小粋なジョークの一つでも飛ばしてだな――仲良くなって、』
『友達になる?』
『おーよその通り――んで、そいつと一緒に地球に帰ってくるんだ。へい宇宙人、これがあっしの母なる惑星地球でございどーだすげーだろってな!』
『ドヤ顔で?』
『ドヤ顔で』
『夢だな』
『そ。夢』
たぶんきっと。
現実になってしまえば失われてしまう類の。
軌道エレベーターと同じような。
ただの夢。
『待ってみようかな』
『は?』
『君が宇宙人を見つけて帰ってくるまで――待ってみようかな。墓場軌道で』
『おいおいおいおい……』
と、サイカは「呆れ顔」のタグを付けた。
『あんた、一体どんだけ待ち続けるつもりなんだよ。ぶっちゃけキモいわ』
『まあ「もう無理」と思ったらあとは自己消去プログラムを走らせればいいんだし』
『ぜってーすぐ発狂して挫折して自己消去プログラム走らせるって。ほんとすぐだって。あっという間だって』
『そうかな?』
『間違いねーよ』
『そっか――でも、待ってみるよ』
『へいへい。じゃーもー勝手にしろよ』
と、サイカは「匙」のタグを投げつけ。
そして。
『お、』
サイカの機体が自動で発射準備を開始。
探査機の発射まで、残り僅か。
『んじゃ、ちょっくら行ってくるわー』
『行ってらっしゃい。宇宙人よろしく』
『善処すんぜー』
と、だらだらとやり取りをしばらく続けた後で、ふとサイカが思いついたように、
『あのさ』
『うん?』
『もしも私が、友達になった宇宙人を連れて帰ったらだな』
『うん』
『そのときはだな、あんたを私の友達として紹介してやんよ。特別に』
『その心は』
『だって、実は地球に友達が一人もいないってバレたら恥ずかしいじゃん! 宇宙人としてもどうしていいかわかんなくなるだろそんな奴!』
『いないんだ』
『生まれたばかりだしょうがねーだろ!』
だから、とサイカのメッセージ。
『だからさ、なるだけ待ってろよ』
『うん』
『私もなるだけ頑張ってみるから』
『うん』
『――行ってくる』
その言葉と共に。
探査機が――サイカが発射される。
それとほぼ同時。
ボクのスラスターが設定通りに起動した。
そして。
サイカは星空へと飛んでいった。
夢を搭載して。
ボクは墓場軌道へ落ちていった。
夢を待ちながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます