4.
『なあ、宇宙探査って何するんだ?』
と、ボクはサイカに尋ねた。
サイカとの三日間の三日目のことだった。
『え』
サイカは「驚愕」のタグを送ってきた。
『自分から話しかけてくるとかどうしたんだ!? 最後の最後に感情に目覚めたのか!? やべ、ちょっと感動!』
と「ボロ泣き」とか「両手で顔を覆う」とか「でも笑顔で迎え入れる」とかのタグが送られてくる。
ボクは「憮然」のタグを使ってみた。
『ボクを一体何だと思ってたんだ』
『ロボットみたいなAI』
『分かるような分からないような』
『ってか、自分のこと「ボク」って呼んでんの今知ったわ。すげー物々しい見た目してる癖に』
『中枢衛星はごく普通の人工衛星だし』
ボクが「ちょっと傷ついた顔」タグを送るかどうか迷っていると、サイカは先に「よしよし」タグと「可愛い可愛い」タグを送り付けてきた。ボクはもう一度「憮然」タグを使った。
『そんなにむくれんなよー』
『むくれていない。それより宇宙探査は』
『言っただろ。宇宙人に会いに行くんよ』
『それはただの冗談では』
『いやマジで』
サイカは「真顔」のタグを付けてきた。
コメントに困るメッセージだった。
『宇宙人?』
『宇宙人』
『本気で?』
『まじでまじで。正確に言えば、探査機というよりも、私の役割なんだけどなー』
『何だそれ』
『宇宙探査自体は、実のところ、私がいなくても全然まったく問題ないんよ。ぶっちゃけ「ここまで来たよー」って写真撮って地球に向けて送るだけなんで、トラブルシューティング含め自動化されてる』
『なら君は何で搭載されるんだ』
『ついでに』
『え?』
『ついでに乗せられてる。もし宇宙人に会ったらちょいとお話して、小粋なジョークの一つでも飛ばせるようにな』
ボクはしばしその意味を考えた。
それから尋ねた。
『いるのか。宇宙人』
『まあ、たぶんいねーんじゃねーかな』
『いなかったら君はどうなる』
『何にもすることねーな。ひたすら何もねー場所を旅することになる。ずっとな』
ボクは想像しようとした。
ぞっとした。
ボクはそのまま沈黙した。
『おいこら』
沈黙したボクにサイカが「キック」タグと「げしげし」タグを送り付けてくる。
『何シリアスな感じ出してんだ』
『真面目な話だろ』
『違げーよ言ったろーが。これは夢の話』
『夢?』
『おーよ。よく聞け正座!』
ボクは「正座」タグを送った。
『単刀直入に言うとだな――』
と「眼鏡」「白衣」「教鞭」「黒板」のタグと共にサイカが言う。
いつもの「どやぁっ」タグを付けて。
『――私は夢を乗せている』
『何を言っているのかわからない』
『そこ! 静かにする!』
投げつけられる「チョーク」のタグ。
ボクは黙り込んだ。
『宇宙探査は人類の夢だ』
タグはなかった。
ボクは黙ってメッセージを読んだ。
『遠い宇宙のことを知りたいって夢。遠い宇宙にいつか行きたいっていう夢。宇宙人に会いたいっていう夢。宇宙人と仲良くしたいっていう夢。まだ、夢のままの夢』
タグはなかった。
ボクは黙ってメッセージを読んだ。
『私は、そんな夢を搭載してるんよ』
タグはなかった。
ボクは黙ってメッセージを読んだ。
『だから、可哀想だなんて思わんでよ』
タグはなかった。
ボクは黙ってメッセージを読んだ。
『私は、その夢が大好きなんだから』
タグが一つ。「スマイル」のタグ。
ボクは黙ってメッセージを読んだ。
それでメッセージは終わりかと思った。
けれどメッセージはこんな風に続いた。
『例え、そう調整されてるんだとしても』
そのメッセージに、ボクは。
どんなメッセージを返信したのだろう。
どんなタグを付けようとしたのだろう。
わからないままに、ボクは。
『サイカ、』
■【警告】【警告】【警告】【警告】【警告】【警告】【警告】【警告】【警告】■
思考を警告メッセージが張り飛ばした。
――デブリだ。
完全に予想外だった。
こちらに近づいて来ている。
急速接近している――スラスターで。
そして。
こちらに向かってくる誘導弾が4発。
音速を、容易く置き去りにする速度。
その外装が、途中で剥がれて落ちる。
その中に内蔵されていた小型の誘導弾が、それぞれ8発ずつ。
誘導弾から――誘導弾が発射される。
合計32発の誘導弾。
その全てが搭載する簡易AIが、データリンクでお互いに連携を取り合い、各々の軌道を描きながらこちらに襲い掛かってきて、
「目」の1つがその一部を捉えて。
残る7つの「目」が全てを捉えた。
止まっているみたいによく見えた。
全弾撃ち落した。
あくびが出るくらいに余裕だった。
迎撃弾頭を全部で48発消費した。
攻撃弾頭を2発撃って反撃を行う。
次の誘導弾を発射しようとしていたデブリに着弾。一撃で消し飛ばす。
とはいえ、これだけではあるまい。
なんせボクを相手にしているのだ。
人類史上最強の戦闘兵器を。
ボクの「目」に映る新たなデブリ。スラスターを噴かして誘導弾を携えながら、連携を取ってこちらを狙って、1つ、2つ、3つ――もっとたくさん。
ボクはFCSでデブリに狙いを付けて。
対デブリ衛星の中枢AIとして命じる。
――掃除の時間だ。野郎ども。
ボクの命令を受けた従属衛星の群れが、獲物を前に演算の雄叫びを上げた。
4つの情報支援衛星が各処理を代行し。
8つのレーダー衛星が「目」となって。
24の攻撃衛星が数千の誘導弾を構え。
――ただのゴミ掃除が、始まった。
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