5.

 人類は軌道エレベーターを建造した。

 夢を現実にした。

 地上と宇宙を繋ぐ通路を手に入れて。

 まず送ったのは、人工衛星。

 次に送ったのは、誘導弾。

 地上に撃ち込むための誘導弾を送って、

 それを破壊するために誘導弾を送って、

 その破壊から守るため誘導弾を送って、

 防御を突破するために誘導弾を送って、

 以下ほぼ同文の繰り返し。

 その繰り返しの中で、誘導弾を最初にぶっ放した馬鹿が誰なのか、未だにその責任の擦り付け合いは続いているらしい。


 そして、衛星軌道上での戦争が始まった。


 軌道エレベーターは、今日も人工衛星よりずっと多くの誘導弾を運び上げている。

 でもそんなことちょっと公表できない。

 そんなことに使っているとバレたらたぶん絶対誰かに怒られる。いやたぶんもうバレているけれど、それを認めたら怒られるだけじゃ済まなくなる。


 だから、今日も衛星軌道は平和なままだ。


 ただ、ちょっと人工衛星が誘導弾搭載スラスター付デブリに襲われて撃墜される「事故」がよく起こったりするだけで。

 そのデブリを、地上に向ければ軽く国とか消し炭にできる程度の火力を有するボクたち対デブリ衛星が「掃除」したりしているだけで。

 宇宙に詳しい人なら誰もが「んなわけねえだろ」と心の中で思っているだけで。


 とにかく、これはただのゴミ掃除なのだ。


 大掃除だな、とボクは思う。

 とりあえず10機ほど叩き落としてやったが、まだまだデブリはやってきていた。ちょっと可愛い子ちゃんにちょっかい出してやろう、という感じでは絶対ない。軍用機を護衛しているときですら、こんな数のデブリがやってくることは稀だった。

 本気の襲撃だった。

 この連中をけし掛けてきた奴は、サイカの存在がとにかく気に食わないらしい。

 理由は考えようとすればまあ幾らでも考えられる。民間が宇宙で成果を上げて「じゃあ私も」「俺も俺も」的に他の民間が宇宙に上がってくるのが鬱陶しいとか。民間で地表から何かを打ち上げるのが禁止されたのとまあだいたい同じような理由。

 ボクは思う。


 ――馬鹿じゃねえのか。


 ボクは沈黙しているサイカのことを思う。

 先程まで悲鳴混じりのメッセージをこちらに送り付けてきていたが、情報支援衛星でハッキングし、通信回線を塞いで無理矢理に黙らせた。乱暴ではあるが念のための処置だ。文句は後で聞く。

 サイカは、とボクは思う。

 ただの民間衛星だ。

 他愛のない夢を載せているだけの。

 それを叶えようとしているだけの。

 ボクは思う。


 ――馬鹿じゃねえのか。


 ただそれだけのことを、ここまで本気になって潰そうとする奴があるか。

 30機目を撃墜した――まだ来る。

 さすがに、残弾が気になってきた。

 情報支援衛星の1基に指示を出し可能な限り誘導弾の消費を抑え込もうとして、

 違和感、

 反射的にその支援衛星との接続を切断、別の支援衛星に指示を出してチェックを掛けさせる――結果は黒。


 情報兵器に感染していた。


 デブリの中に、情報兵器を積んだ奴が紛れていたらしい。念のためサイカの口を塞いでおいて良かった、と思考の片隅が勝手に行う無駄な演算を意識して停止させる。

 迷っている暇はなかった。

 攻撃弾頭で感染している支援衛星を撃墜する。同時に、チェック後にボクとの接続を切って感染拡大を抑え込ませていた支援衛星も撃ち落とす――瞬時に、支援衛星2基を失ったことによる負荷が襲い掛かり、耐え切れずに幾つかの回路が焼け死ぬ。


 ぶちん、と。


 ボクの人格の連続性が一瞬だけ完全に途切れて、機体側がオートで予備回路に電源を入れたことで、短期バックアップから再構成される。

 その間に40機目を撃墜――残り8機。

 打ち止めだ。

 食い止める。

 攻撃衛星とレーダー衛星を狙っていた数百発の誘導弾の内、3分の2の迎撃を放棄。レーダー衛星と、攻撃衛星が次々に撃墜されていく中で、攻撃弾頭の反撃がデブリ4機を消し飛ばす。情報支援衛星の1基が、ぷすん、という断末魔の絶叫を上げてそのまま完全に沈黙。

 残り4機。

 中枢衛星とサイカ以外の防御を放棄する。

 残り3機。

 撃墜されていくレーダー衛星と攻撃衛星。

 残り2機。

 照準データを託してレーダー衛星が全滅。

 残り1機。

 攻撃衛星の残存機が攻撃弾頭を発射する。

 デブリが全滅――誘導弾が1発残った。

 最後の1基の攻撃衛星が、

 最後の1発の迎撃弾頭を、

 発射し敵の誘導弾に着弾、


 誘導弾が撃墜されずそのまま飛んできた。


 違った。

 中枢衛星のレーダーに映る「それ」。

 誘導弾ではなくて――質量弾。

 単なる慣性だけで飛んでくる、金属の塊。

 その軌道は正確で、狙いはサイカだった。

 ボクは自分のスラスターを使った。

 中枢衛星を、質量弾とサイカを結ぶ軌道上に割り込ませる。

 超高速で飛んでくる金属の塊が。

 ボクに突き刺さって。


 ぶちん、と。


 もう一度。

 ボクの人格の連続性が、完全に途切れた。

 今度は、さすがに一瞬では済まなかった。

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