第3話・王太子は何か思いつくようです

「おはよう」


私の家の前、朝の挨拶をする彼は憎たらしいほど普段どおりで、昨日の晩からのことは全て無かったかのよう。けれど、


「今日も一日一緒によろしくね」


『ゆうべは楽しかったね、またたくさん話そう』


脳裏に響く彼の声が夢幻ゆめまぼろしで無いと教えてくるのだ。

彼は私が念話に気づくと片目をつぶってみせた。


「本日もまたご一緒させてください。どうかよろしくお願いします」


『昼も夜も、ここなら好きなだけ話せる、そうでしょ?』


『君も言うようになったね~』


『昨日一晩話しまして、念話で気をつかうのも馬鹿馬鹿しいと感じましたの。これからはなるべく崩して話そうかと存じます』


『といいつつまた敬語になってるよ』


『これから、これから!ですから』


『ふふっ』


『さ、にらめっこしているだけだと皆さんに不審に思われますことよ』


『そうだね、行こう』


差し伸べられた彼の手をとる。ひいやりとした感触が快い。ずっと触れていたいなと思う。



奇跡のからすっかり元気になった彼だけれども、昨晩の変容を経てますます生気と活気に満ち、覇気まで感じさせるようになった。弟君の華やかさとはまた違う。月のように静謐せいひつだが、気づいたものを惹きつけずにおれぬ、妖しくさえある魅力。顔立ち自体は以前と変わらず、端正とはいえ地味な部類でさえあるのだが。


もともときわめて鋭敏で聡明だった頭脳に、動けぬ間も病床で積み上げた学識、さらにそこへ人外の体力と取り戻した魅力まで加われば、もうすっかり王者の風格を示す。その上魔物をも献身させ、復活の奇跡を経験したというのもカリスマとして申し分ない。


現国王陛下も今の彼と会うとどことなく気おされるようだった。ましてや私の父などとてもとても。彼と私の婚約で外戚がいせきとして権勢をふるいたかったようだが、その機会は永久に訪れまい。


「兄上!」


「レオナル、どうした?」


「午後から兄上との手合わせをお願いしたく」


「いいよ、今まであまり一緒にできなかったしね。僕もレオナルと手合わせをするのが楽しみだよ」


金髪碧眼、きらきらしい御伽噺おとぎばなしの王子様のようなレオナル殿下。兄である王太子殿下が大好きであるにも関わらず、今まで病弱な彼に代わって王位につけさせようと画策する周囲の思惑であまり互いに関わってこられなかった。本人はせめて病弱な兄の役に立とうと努力を重ねていたけれど、その研鑽けんさんが勉学も武勇も一流と、ますます周囲の期待を高めていたのは皮肉ではある。


王太子殿下が完全復活、いなそれ以上の状態になって、最も喜び安堵しているのはひょっとすると彼かもしれない。


その証拠に、手合わせをロタール殿下が承諾したら瞳をきらきらと輝かせている。


「弟君とうまくやっていけそうでよろしゅうございましたね」


「本当に」


『勝てそうですか?』


『む、無理……』


『やる前から気弱になっていらしたら勝てるものも勝てないのでは?』


『そりゃそうだけど、レオナルは本当の天才だからなぁ……』


『それは剣に関して、でございましょう。頭脳にかんしてはあなたの方がうんと天才なのに。レオナル殿下の頭が悪いとも申しませんけれど、そちらに関してはあくまで秀才の範囲だと存じます』


『そういってくれるとうぬぼれそうだ。とりあえずやれるところまでがんばってみるよ』


『その意気でございます』


午後、ロタール王太子殿下とレオナル殿下は二人とも鍛錬用の衣服に着替えて剣の訓練を始めた。最初は木剣で素振りと型稽古、案山子かかしを打ちすえる据物斬すえものぎり的な練習。


かつては病的に痩せていたロタール殿下も、今では痩身ではあるがすっきりと健康的な範囲に変化した。レオナル殿下が細身だが筋骨たくましい男性として完璧な均衡黄金比の体躯であるなら、ロタール殿下はしっかりと男性的な骨格でありながらも、引き締まりしなやかで中性的な印象を与える。長距離を走る人間、軽業をみせる身軽な大道芸人に近い、無駄のない身体つきだ。私には非常に魅力的に思える。


柔らかな、しなる素材の模擬剣に持ち替えて、防具を身につけた兄弟の打ち合いが始まった。さすがに才も錬度も違うレオナル殿下が優勢だが、ロタール殿下も圧倒されっぱなしではなく存外に粘ってみせる。素早さスピード技巧テクニック筋力パワーで上回るレオナル殿下の攻めを、驚異的な体力スタミナと、異次元の学習能力で身に着けつつある技巧テクニックでしのいでいるといったところか。


何回かの攻防の末、レオナル殿下がロタール殿下の脳天に模擬剣を振り下ろしたところで教官がレオナル殿下の勝利を告げた。


「ありがとうございます! 良い試合でした!」


「こちらこそ。レオナルは強いな」


「! いえ、兄上もずっと臥せっていらっしゃったとは思えないくらいお強かったです。きっとずっと鍛錬を詰まれていたら負けていたのは俺だったでしょう」


「ははは、そこはあんまり自信が無いな。これからもその剣で民とこの国を守ってくれると嬉しい」


「喜んで。兄上と民とこの国を守る。それこそが俺のつとめですから」


兄弟の和解(※本人同士は昔から仲が良かった)も無事成し遂げられたようである。というかレオナル殿下、父である国王陛下のことをそれとなく無視したように思えるのは気のせいだろうか?


私がそんなしようもない突っ込みを脳内で入れていると、ロタール殿下がこちらへ帰ってくる。私は汗をぬぐう布と水筒を手渡したが、彼は汗をかいていないといい水筒だけ受け取った。そのまま一気に飲み干す。水分補給としてそのやり方は大丈夫だろうか。


「負けてしまったな、思ってたよりずっと悔しいよ……」


「それでもよく粘られましたし、素晴らしい闘いでございました」


「まあたしかに良かったとはおもうし、楽しかったけどね」


『でも兄としては弟に負けるのほんとに悔しい。またややこしいことになるといけないからこっちで言うけど』


『あらあら。悔しかったらもう少し鍛錬されては?』


『時間が無いんだよな、でも、何か方法が……』


彼は虚空を睨むと、なにか思いついたらしくひとつうなずいた。


『よし、僕を増やそう』


『ふえっ、えっ?』


『僕の見た目は人間だが中身はスライムと等しいからね。ならばスライムと同じように分裂で殖えられるはずだ』


『えっ、ええーっ。……そんなにうまく行きますかね?』


『いかせるさ。一応あてが無いわけじゃない』


午後の鍛錬は王太子殿下の爆弾発言(念話)で終わった。

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