第7話 どうでもいいの

「『』って、いまキミ、考えてるでしょーーー!」


 リリィの大声に、


「いやいや、もういい加減、勝手に俺の思考を読まないでくれよ」


俺はボヤく。


「人が口に出してないことまで読むのってプライバシーの侵害じゃん」


「読めちゃうんだし、キミがロクなこと考えないから仕方ないでしょ!」


「そういうのを敢えて黙ってるのが、正しいコミュニケーションじゃないの?」


「ぼっちのキミにコミュニケーションについて、とやかく言われたくないよ‼」



 なるほど、そりゃそうだ。

 思いっきりディスられているが、ぐうの音も出ない。

 ていうか、なんでぼっちってバレてる?



「そんなことより、勝手に人助けして勝手に死なないでよ! お陰で、こっちは大混乱してるんだから‼」


「ええぇぇ……」


 人助けしたのに、ディスられた上めっちゃ怒られてる。

 まさか死んだ後に、三途の川で死神の遣い魔だとかいう可愛いけどマイクロビキニを着た露出狂の女の子に、命がけで人助けしたことを怒られる羽目になるなんて生きてるうちは夢にも思わなかった。

 十六年も人生やってると色んなことが起きるもんだ。

 ま、その人生も今日、終わっちゃったワケだけど。


「でも、俺が死んで大混乱ってどういうこと? 俺には心配かけるような身内はもういないから、死んで誰かに迷惑かけるってことはないと思うんだけど……」


 俺が尋ねると、


「キミのことはどうでもいいの!」


リリィが無慈悲に言い放った。


「問題なのはここで死ぬ予定だったのがキミじゃなくて、この狩野くるみだったってこと!」


 リリィはタブレットの画面を指差す。

 そこには、相変わらず倒れたままの俺へ必死に声をかけている女性の姿があった。


「ああ。このひと、子猫を助けていたOLさんか。狩野くるみって言うんだ。彼女にケガはなかったの?」


で、かすり傷一つないよ」



 いや、だから言い方に悪意があるよ。

 って。

 でも、彼女が無事でよかった。

 死んでまで助けた甲斐があるってもんだ。



 タブレットに映し出された彼女は、目を見開いたままの俺に泣きながら何やら声をかけている。

 このタブレットは画像を近くまで寄せることはできても、音声は拾ってくれないようだ。

 現場に近づく救急車の音までは聞こえるのだが、彼女が俺に何を言っているのかは画面越しではわからない。

 それでも彼女が、必死に俺を向こうの世界へ呼び戻そうとしてくれているのは理解できた。



 あらら。

 すごい泣き顔で呼びかけてくれてるな、この人。

 ありがたいんだけど、そこの俺、もう死んでるんだよねー。

 一応、最期は笑って死んだんだから、あまり気に病まないでほしいな。



「あれ? そういえば『死ぬ予定』って言ったよね? じゃあ、人の生き死にって何か決められた予定があるの?」


 俺はタブレットから目を離して、気になったことをリリィに聞く。


「うん、そう。機密事項だから誰にも言っちゃダメだよ?」


 リリィが前屈みになって、人差し指を口に当てる。



 この状況で、誰に言うんだよ。

 しかも前屈みになったら、ブカブカの胸のカップの部分から中身が見えそうになってるじゃないか。



「ブカブカって言うな! あのね、まず人の死っていうのはここにいる死神さまが死ぬ人を決めて、その人の転生先を決めるところから始まるの」


「へぇ」


 死神は腕を組んだまま頭蓋骨をこちらに向けているが、骸骨で顔がないから表情が全く読めないので困る。


「フハハハハ! 私が人の生き死にを決めるのだ! どうだ、怖いだろう?」


とドヤ顔でもしてるのだろうか。


「そんな顔はしてない」


「はい、すいません」



 死神この人も頭の中を見れるんだった。

 やりにくいなぁ。



「聞いてる? それで選ばれた人が無事に死んだら、死神さまは死んできた魂と新しい転生先の肉体を『紐付け』するの。その後、魂は前世の記憶を失って新しい肉体とともに生まれ変わり、次の人生を始めるワケ」


「それって輪廻転生りんねてんしょうのこと?」


 死んだ魂がこの世に何度も生まれ変わるって仏教用語の。

 

「そう、まさに輪廻転生。『お疲れさま。次の人生も頑張ろうね』――そうやって人の魂は回っていくの」


「なるほど」


「で、死神さまが死ぬと決めた人を、どのタイミングでどうやって死なせるかを決めて、そのスケジュール通りに人を死なせるのがボクたち遣い魔のお仕事」


「は?」


 リリィの言葉が、俺の奥の繊細な部分に引っかかった。


「いま、なんて言った?」



 、だと?



「じゃあ、リリィお前が俺の母さんのを決めたってことか?」


 俺はリリィに問う。



 人はいつか死ぬのだから、母さんが死んだのは仕方ない。

 俺も最近になって、ようやく吹っ切ることが出来た。


 けど母さんに、あんな死に方をさせる必要まであったか?


 俺が死んだのも何かの縁だ。

 今、ここできっちり説明してもらおうじゃないか。



 俺はリリィを睨みつけながら、リリィに一歩ずつ近づく。

 しかし、俺の表情を見たリリィは慌てて、


「ちょ、ちょっと待って! キミのお母さんのことも知っているけどボクは関わってない! キミのお母さんの死は、他の死神チームの仕事だよ!」


と言った。


「……他の死神チーム?」


「ボクと死神さまの二人だけで、すべての人の転生を管理することなんて出来るワケないじゃん! ボクらみたいな死神と遣い魔のチームは他にもたくさんあるんだよ!」


「それは本当か?」


「ほ、本当だよ」


 リリィが何度も頷く。

 隣の死神もゆっくりと頷いているし、どうやら嘘は言ってないようだ。


「し、死神さま。カレ、怖いです……」


 リリィが死神の背後に回って泣きついた。



 しまった。

 ちょっと感情的になりすぎたか。

 母さんの死にリリィが関与していないと言うのなら、リリィに怒っても仕方ない。



 俺は怒りで自分を見失いかけていたことに気付き、再び深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「ごめん、ごめん、怖がらせて。死神の遣い魔なんていう割に、リリィは意外とビビりなんだな!」


 なんとか場を和ませようとリリィをからかってみたが、


「う、うるさい!」


リリィは死神のコートの後ろから顔だけ出すのが精いっぱいのようだ。



 そんなに怖い顔してたか、俺。

 死神の遣い魔をビビらせるって問題だろ。

 さすがに気を付けよう。


 ……ただ、リリィに関しては申し訳ないけど、そのまま死神の後ろにいてくれるとマイクロビキニ姿にドキドキしないで済むから助かる。



「えーっとつまり、リリィが立てた死のスケジュールでは、今日死ぬのはこの狩野くるみさんの予定だったのに、実際は俺が死んじゃってるってことなんですね?」


 俺は、死神の背後に隠れてしまったリリィから話の続きを聞くのは諦めて、死神の方に確認した。


「そうだ。死ぬ予定のなかった君が死んで、ここに来てしまっている」


「てことは、俺の死はリリィのミスってことですか?」


「ち、違うもん! ボクのスケジュール調整は完璧だったもん! 君の死は完全なイレギュラーだよ!」


 リリィが死神の背後から、慌てて俺に言ってくる。


「イレギュラーって、そんないい加減な……」


 俺が思わず毒づくと、


「だってキミ、いつも『他人なんかどうでもいい』って考えていたじゃない‼」


リリィが大声で反論した。

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